教員が「公教育のアップデート」のために転職の訳 さる先生こと坂本良晶氏、ICT導入のつなぎ役に
自分が離れても次世代が必ず活躍してくれる
これまで学校教育でさまざまな実践を行ってきた坂本氏。学校現場を離れる怖さや未練はないのだろうか。 「現場を離れると決めたので、気持ちの区切りはついています。やはり学校現場では20~30代の先生が、プレイヤーとして生き生きと活躍するべきですよね。僕も40歳になり、管理職になることを求められる年代になりましたが、自分が管理職になるのはちょっと違うなと思いました。誰しも得意不得意がありますが、僕は細やかな管理をするよりクリエイティブに何かを創造するほうが得意なタイプ。3年前にGIGAスクール構想が始まったとき、教務主任を打診されましたが、断りました。タブレットを使った実践をプレイヤーとしてやりたかったからです。今思えば、断って正解でした」 しかし、これまで授業改革や働き方改革を率先して進めてきた坂本氏の退職は、学校現場や同僚にとっても大きな痛手になるのではないだろうか。すると、坂本氏は笑ってさらりと否定した。 「僕がいなくなることで『頼れる人がいなくなってしまった』と誰かが感じたとしても、それは一瞬のこと。すぐに忘れますよ。もちろん必要な引き継ぎはしましたし、何より学校現場では次の世代が成長してきますから。むしろ、僕がいなくなることで次の世代が出てくるはず。2023年にグローバルティーチャーの正頭英和さんと一緒にEDUBASEというコミュニティを作ったことも大きいですね。EDUBASEでいろんな先生とつながって、みんなでチャレンジできる環境が整いました。そんな後輩の実践をエバンジェリストとして広げていくのが僕の役割なのだと感じています」
教員からの転職はリソースの最大化
民間企業から教員、そして再び民間企業へ。2度目となる今回の転職について、坂本氏は「自分のリソースの最大化」と表現する。 「公立学校のプレイヤーという強みを最大限に活かせる道だと思っています。もちろん、私立学校だからできることもたくさんありますが、公立学校の教員はリソースも限られる中、27時間と非常に多い授業数を担当します。その中でいろいろなことにチャレンジしているからこそ再現性も高いですし、多くの方に耳を傾けてもらいやすいと思うのです」 たしかに公立学校教員の転職というと私立学校を検討する教員も多いが、なぜ民間企業だったのか。これまで培った教員としての強みをどう活かそうと考えているのだろうか。 「元教員としての強みは2つあると考えています。1つは専門的な技術と知識です。英語の資料を日本語にローカライズする仕事があるのですが、それは単に英語を日本語に翻訳すればいいわけではありません。日本という国の教育の文脈に沿った言葉を選ぶ必要がありますから、これまでの知識が活かせます。もう1つの強みは人脈です。僕は“業者”になったわけですが、ありがたいことにたくさんの教員仲間、教育委員会の仲間が呼んでくれます。これは教育界でプレイヤーをしていたからこその強みだと思います」 では、公立学校のプレイヤーというリソースを民間企業でどう活かし、どのように教育のアップデートをしていくのか、そのビジョンをこう語る。 「Canvaにはまだ日本オフィスがありませんが、今どんどん成長しています。人的リソースも集まっており、僕もこれまでより大きな主語で活動できると感じています。プレイヤーである先生たちがさらに活躍できるよう、僕がチャンスメーカーになれたらうれしいですね。学校現場と先生たちの思いに添えるような展開を民間から進めたいと思っています。 具体的には学び方改革と働き方改革です。半分は自分がやりたかったことをやりたいと思っています。なぜ半分なのかと言うと、今後どんなテクノロジーが出てくるのか、それがどう教育と関わるかがわからないから。今は文部科学省が生成AIの利用に関するガイドラインに『機動的に改訂を行う』と書く時代です。それほど、先のことはわからない時代にプレイヤーとして実践を積んで民間企業に転職した僕だからこそ、学校現場にデジタルツールがフィットするような提案ができると考えています」 自分の強みを見極め、リソースを最大化する道を選んだ坂本氏。新しい道を歩き始めたばかりだが、今後のキャリアをどう思い描いているのだろうか。 「今の僕のミッションはこの会社を大きくすること。でも、それは日本の教育をよくするための手段です。僕はチャレンジし続けたいので、ずっと同じポジションにいるとは思いません。教員は定年まで続ける人が多く、離職率が低い仕事です。僕のようなチャレンジはあまりお勧めしませんが、やってみたいという人には、『まずは現場で地に足をつけて実践を続けて信用される力をつけたほうがいいですよ』と伝えたいですね」 さまざまなテクノロジーが学びや教員の仕事のやり方、さらには学校のあり方を変革する時代。学校現場とテクノロジー、学校現場と民間をつなぐ坂本氏のような存在は、今後も注目を集めるだろう。 (文:吉田渓、注記のない写真:Peak River / PIXTA)
東洋経済education × ICT編集部