数学者とコンピュータ、補い合ってめざす思考の頂
◇コンピュータには真似できない人間の発想力こそ、数学のコアである 逆説的ですが、コンピュータを使った数学研究をしていると、人間の脳に備わった能力は簡単には代替できないものだと痛感させられることがあります。 ある問題に取り組んだときのことです。その問題は従来からn=6までは答えが出ていて、私は共同研究者とともに数学的に新たな手法を見つけ、スーパーコンピュータを使ってn=11までの答えを出すことに成功しました。しかしnが増えるほど計算量は爆発的に増えn=11の時点で計算に1ヶ月以上もかかったので、この方法では限界があるなと思っていました。ですが、つい数年前に、ライバルの研究者チームからn=30まで答えが出たと連絡が来たのです。驚いたのは、ライバルチームが使った手法がコンピュータをほとんど使わず、私たちが思いもつかなかったようなやり方だったことです。やはりコンピュータに頼るだけではなく、人間が理論的に考察していくことが大切なのだと改めて考えさせられた出来事でした。 昨今、従来のコンピュータの枠を超えたAIが目覚ましい進歩を遂げており、すでにさまざまな分野で活用されています。数学者もいずれAIに取って代わられるのではないかという議論も耳にしますが、現段階では現実的ではないでしょう。 AIの仕組みを大雑把に言えば、「すでにあるものを学習し、それを命令通りに組み合わせて次を出力する」というものです。高度な数学に求められるような、これまで誰も思いつかなかったアイデアをゼロから発想することは難しいのが現状です。10年先にどうなっているかはわかりませんが、少なくともあと数年は、AIが人間のようにゼロから発想する力をもつことはないのではないでしょうか。 また、数学者は計算が得意だと思われているのもよくある誤解です。もちろん得意な人もいますが、私自身はそうでもなく、実は小学生の頃には九九を覚えるのにも苦労していました。ですから計算の部分はコンピュータに任せることにしています。学校の教科で言えば、小学校の算数までは計算が中心ですが、中学・高校の数学では抽象的な対象を理解する方に比重が移っていきます。数学研究でも、やはりコアの部分は計算ではなく、論理的に考察し、理論を構築するということにあります。そしてこの部分こそ、コンピュータに代替できない人間の強みと言えるでしょう。 0から1を生み出すような発想に長けた人間と、与えられたルールに沿って正確に作業を遂行することに長けたコンピュータ。どちらかがどちらかの延長線上にあると考えるよりも、お互いの得意・不得意を補い合う関係だと考えるのがよいのではないでしょうか。
鈴木 正明(明治大学 総合数理学部 教授)