数学者とコンピュータ、補い合ってめざす思考の頂
◇数学者を強力にサポートする存在として、歴史的難問の解決にもコンピュータが貢献 数学の証明では、しばしば無限の場合について考える必要に迫られますが、そんなときにコンピュータが役立つことがあります。私の場合は、大きく分けて2つの使い方をしています。 ひとつめの使い方は、無限のうちのここからここまでの有限の場合だけ調べればいいということを人間の手で証明し、その有限の場合をコンピュータで調べ尽くす、という方法です。これは4色問題の証明にも似ていますね。もうひとつは、無限の場合のうち、多くの例をコンピュータで試してみて共通する性質を見つけ出し、その性質がすべての場合(無限の場合)で成り立つことを人力で数学的に証明する、という使い方です。コンピュータによる多くの肯定的な例(サポーティング・エビデンス)が道筋を与えてくれているので性質が正しいであろうと信じて証明を考えることができます。 いずれの場合も、コンピュータは証明そのものを行うというより、数学者が行う証明を補助する役割を担っていると言えるでしょう。初めから終わりまでコンピュータだけで証明できたという例は聞いたことがありませんが、何千、何万通りもの複雑な計算をコンピュータに任せられるようになったからこそ、今までは全く解けなかったような問題を解くことができるようになったことも事実です。 同様なコンピュータの使い方ができた問題のひとつに、300年以上にわたって数学者を悩ませ続けた「フェルマーの最終定理」という難問があります。これは、17世紀にフランスの数学者フェルマーが本の余白に書き残した「3 以上の自然数 n については、x^n + y^n = z^nを満たす 0 でない自然数 (x, y, z) の組は存在しない」という定理です。フェルマーはその証明過程を書き残さなかったため後世の数学者は頭を悩ませましたが、20世紀後半にコンピュータが登場したことでかなり大きい自然数までこれが成立することが確認され、つまり多くのサポーティング・エビデンスがあるので、定理が正しいであろうことは多くの数学者が信じていました。最終的にその正しさが証明されたのは1995年のことです。証明に成功したイギリスの数学者アンドリュー・ワイルズが用いたのは、紙と鉛筆を使って理論を構築していく昔ながらの方法でした。 それでは、もし仮にコンピュータの性能がどんどん上がってゆけば、いずれ人の手がなくても数学的問題を証明できるようになるのでしょうか? それはあまり現実的ではないと私は考えています。