【牛丼チェーン】「令和の三つ巴バトル」大研究 「うまい、安い、早い」のその先へ――
「うまい、安い、早い」のその先へ
窮地の″古豪″が社運をかけて発表した商品は、なんと″ダチョウ丼″だった。 8月28日、牛丼チェーンの𠮷野家を運営する𠮷野家ホールディングスが都内で新規事業発表会を行った。イベントにはフリーアナウンサーの宇垣美里(33)が登壇し、同日から一部店舗で販売が開始された『オーストリッチ(ダチョウ)丼』(1683円)に舌鼓を打った。 【画像】かわいい…!吉野家イベントに"ダチョウ丼"とともに登場した フリーアナウンサー・宇垣美里 「この商品は全国に約400店舗、都内に49店舗ある𠮷野家の『クッキング&コンフォート』スタイルの店舗(通称・黒𠮷野家)で、一日限定20食で提供されました。子会社である『スピーディア』が飼育しているダチョウを使用しており、サッパリとしたローストビーフのような味が特徴です。𠮷野家はダチョウを牛、豚、鶏に続く″第4の肉″と位置づけ、将来的な普及を目指しています」(フードジャーナリストの長浜淳之介氏) ダチョウ肉はカロリーや脂質が低く鉄分やビタミンBが豊富で、疲労回復、血管老化の防止効果があるという。 インパクトのある新商品が話題を集めている一方で、𠮷野家でのアルバイト経験もあるというB級グルメ探究家の柳生九兵衛氏は、この動きを不安視する。 「店舗が限られているうえ、数量限定なのでそもそも食べることが難しい。個人的には、わざわざ取り扱っている店舗を探し1700円を払って食べたいとは思えません。𠮷野家は’90年代、『𠮷野家USA』なる店舗を展開し、発泡スチロールの容器に入れた牛丼を『ビーフボウル』と呼んで提供したことがありましたが、まったく浸透せず早々に撤退しました。現在のダチョウ丼も、同じような運命を辿(たど)るのではないでしょうか。迷走していると捉えられてもおかしくありません」 現在、飲食業界は大きな変革期を迎えている。円安や世界的なインフレを背景に原材料費、輸送費、人件費などあらゆるコストが増加しており、それが安さを最大のウリにする牛丼チェーンに重くのしかかっているのだ。 実際、今年7月に𠮷野家は牛丼並の値段を468円から498円に上げた。白ワインを使ったタレと、脂身が多めでジューシーな肉のハーモニーが絶妙な𠮷野家の牛丼はワンコインでも納得の品質だが、約10年前に一杯280円だったことを考えると、やはり高く感じてしまう。 「𠮷野家は、3社の中で唯一、食券機やタッチパネルを使わずに対面接客へのこだわりを見せていました。ところが最近、人手不足解消と人件費節約を目的に、一部店舗でタッチパネル式のタブレットを導入し始めているのです。これまでは席に着くなり『並と卵』と注文すればよかったのに、現在は『注文をはじめる』をタップし、次の画面で『全てのメニューを見る』をタップし、牛丼の種類を選んでから『サイドメニュー』をタップして卵を選ばなければならない。長らく常連だった高齢者や初見の客は混乱するでしょうね。値上げもあり、𠮷野家はおなじみのキャッチコピーから『安い』と『早い』を失いつつあります」(同前) 「うまい、安い、早い」のその先へ――。 1240店舗を展開し、年間売り上げ1264億円で業界2位につける𠮷野家のダチョウ丼への挑戦や、タブレット端末の導入は、業界の実情を映し出した。 ◆定食と深夜料金がカギ そんななか、業界3番手の松屋(1057店舗、年商985億円)が勢いを伸ばしている。𠮷野家の’24年度における既存店客数が前年比で-1.2~1.7%で推移しているのに対し、松屋は7~13.3%と圧倒しているのだ。この状態が続けば、松屋が𠮷野家を押しのけ、2位争いを制するのも時間の問題かもしれない。 松屋の牛めしは玉ねぎが分厚くシャキシャキしており、肉の脂身は少ない。タレの味付けは他社に比べて甘めだ。今年7月に並の値段を400円から430円に上げたが、根強いファンは多い。 「ただ、利益を多く上げているのは単価の高い定食メニュー。松屋はもともと町中華だったこともあり、定食の質には自信があります。たとえば、夏季限定で販売される『うまトマハンバーグ定食』(830円)はあまりに人気でしばしば在庫切れになりました。『カルビ焼肉定食』(880円)もよく出ます。提供時間はかかりますが……」(都内の松屋店員) 定食はアレンジしやすく、期間限定商品を続々と投入できることもあって、松屋にとってなくてはならない商材だ。フードアナリストの重盛高雄氏が話す。 「’20年1月に初登場したジョージアの郷土料理をアレンジした『シュクメルリ鍋定食』は爆発的なヒットを記録し、駐日ジョージア大使が実際に足を運んで食べる様子はニュース番組でも流れました。 今年4月にはポーランド大使館から打診を受けて『ポーランド風ミエロニィハンバーグ定食』を、8月にはリトアニア大使のお墨付きを得て『リトアニア風ホワイトソースハンバーグ定食』を販売し、好評を得ています。これらは″外交定食″として流行しており、松屋の存在感を示す商品であるとともに、牛丼よりも高単価で収益性も高い」 国内に1955店舗を展開し年間2653億円を売り上げる王者・すき家は、松屋と同様に牛丼を30円値上げした。 ただ、上がり続ける物価や人件費を考えれば不充分。王座陥落の隙を与えたくないすき家は、深夜料金を導入した。 「今年4月から取り入れられたもので、22時~翌5時の新規注文を対象に価格が7%上乗せされています。これだけであれば顧客は離れていったかもしれませんが、すき家は値上げをカモフラージュする効果も期待して商品バリエーションを増やしました。石原さとみ(37)をCMに起用した『ヤンニョムチーズ牛丼』(620円)や健康志向の『めかぶオクラ牛丼』(620円)、『炭火やきとり丼』(590円)を続々と投入したのです。これらの新商品が話題を呼んだことで、値上げや深夜料金の影響は小さくなり、結果として客足は増えています」(飲食業プロデューサーの須田光彦氏) すき家の4~8月の既存店客数は前年比で-0.5~4.9%と、松屋には及ばないものの順調に推移している。バリエーション豊かな商品群を支えているのは、運営会社である1兆円企業・ゼンショーホールディングスの流通網だ。 「同じグループのはま寿司など他業態の店と仕入れ先を共有している。食材調達の心配が少なく、調理のノウハウを活かしたメニューを開発しやすいのです」(前出・長浜氏) 全体的な値上げを断行し、牛丼以外で利益を増やす。この流れは3社共通だ。 「注目されていませんが、松屋の『ネギ塩豚カルビ丼』が、現在は牛めしより160円高い590円です。すき家の『旨だしとりそぼろ丼』も以前は牛丼より100円以上安かったのに、今では60円高い490円。目立つ牛丼の値上げは控えめに、目立たない商品で大幅値上げをする戦略です」(前出・柳生氏) 選択肢は増え、高単価に――。並のワンコイン超えが目前となった牛丼業界の値上げ合戦を制する者こそが、新時代の頂点に立つことになるだろう。 『FRIDAY』2024年9月27日・10月4日合併号より
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