立教大学の助教授が「不倫相手の教え子」を殺害して一家心中…教え子が最期に残した「メッセージ」と遺体の発見場所…事件をもとにした名作ポルノの「封印」がいま解かれた理由
実話ゆえのあやうさ
なお『女子大生失踪事件 熟れた匂い』は2013年、権利元の東映によって焼き付け禁止の封印措置が取られた「いわくつき」の作品であり、その理由は脚本家・深尾道典の強い意思であった。 かつてのポルノ作品を忌み嫌った深尾は、本作だけでなく監督作『女医の愛欲日記』と脚本作『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』……奇しくも実録犯罪系の映画3本を己の手で葬った。当時、誰よりもニューポルノというジャンルを論じた作り手であったのに……。11年前に開催されたラピュタ阿佐ヶ谷の東映ニューポルノ特集は同館の石井紫支配人が企画し、筆者がプログラムを担当しており、予期せぬ封印事件の「当事者」となってしまった。 今回、深尾作品が解禁された経緯は昨年9月に氏が物故されたことに端を発しており、『女医の愛欲日記』『女子大生失踪事件』に出演した元俳優の中林章と映画史家・伊藤彰彦の両氏が遺族と交渉したことから、ついに幻の作品が復活し、待望のニュープリント上映が果たされた。 監督の荒井美三雄にとっては『女子大生失踪事件』が最後の劇映画であり、その後はドキュメンタリー『処女の刺青』を経て、教育映画部門のプロデューサーなどに転じて定年まで社員をまっとうした。すでに高齢で自作の復活に立ち会えなかった荒井だが、その意思はラピュタの劇場ロビーに掲示されている。 大場啓仁が引き起こした惨事は、ほかにも創作の対象となっている。刑事ドラマ『Gメン'75』の一編「助教授と女子大生殺人事件」では大場ならぬ「大賀」が登場、1984年にはテレビ朝日の月曜ワイド劇場で『破れた靴下をはく女! 大学助教授の教え子殺人事件』という2時間ドラマとなった。こちらは偽証を頼まれた女性職員(松尾嘉代)を主役にした筋立てであり、月曜ワイド劇場こそ実録犯罪ネタのメッカ……大地康雄が川俣軍司(ならぬ川村軍平)を怪演した『深川通り魔殺人事件』や深尾道典脚本の『金属バット殺人事件』を送り出した枠であった。 また、劇作家の山崎哲は『うお傳説 立教大助教授教え子殺人事件』で82年の岸田戯曲賞を受賞。2024年6月現在、戯曲デジタルアーカイブでの閲覧が可能だ。ことほどさように「実話」は人々の創作意欲をかき立ててしまう。 しかし、実話ゆえのあやうさがあることも事実だ。「事件をもとにしたフィクション」という断り書きが冒頭に出る『女子大生失踪事件 熟れた匂い』だが、現実からの換骨奪胎……主人公の奔放さは被害者遺族の感情を害しても仕方ないものであり、現在の価値観からの不謹慎さは免れない。さりとて「事件が起きれば即映画」の精神で傑作が生まれ、享受されてきたのも映画史の一面である。 表現の自由とモデル問題のあわい、いまや単純な娯楽としてフィクションを受け取る観客が責められてしまうケースさえ見受けられる。冒頭で挙げた『あんのこと』では脚本・監督の入江悠や主演の河合優実が実話に対する真摯な姿勢を示して、それが宣伝に活用されており、往時のノリとは大きな違いがある。