立教大学の助教授が「不倫相手の教え子」を殺害して一家心中…教え子が最期に残した「メッセージ」と遺体の発見場所…事件をもとにした名作ポルノの「封印」がいま解かれた理由
予算500万、撮影5日
遺体発見前から立教大学関係者への批判が殺到、犯行に勘づきながら通報をためらった助教授や大場にアリバイ工作を依頼された女性職員らが槍玉に。助教授のうち1名は記者会見を開くこととなり、もの言わぬ被害者・加害者だけでなく周辺人物の言動が取り沙汰された。朝日新聞の連載漫画『サザエさん』に助教授ネタが登場したことからも、当時の熱狂がうかがえるだろう。殺人現場となった八王子市の鑓水では、女の幽霊騒ぎが巻き起こった。 新聞や週刊誌だけでなく、テレビも失踪事件を熱心に報じ、とくに日本テレビ『お昼のワイドショー』の人気コーナー「女の事件」では再現フィルムが繰り広げられた。その後、75年スタートの『テレビ三面記事 ウィークエンダー』で評判となる煽情的な再現フィルムだが、もともと主婦向けの『お昼のワイドショー』に端を発したもの……そしてエロから暴力まで、当時もっとも再現フィルム的な企画を得意にした映画会社こそ東映であった。 かくして1974年7月14日、『女子大生失踪事件 熟れた匂い』が公開される。実録路線の金字塔『仁義なき戦い 完結篇』と夏休みの東映まんがまつり……ヤクザとアニメの合間を繋ぐリリーフ作品として、『従軍慰安婦』『処女・若妻・未亡人 貞操強盗』とのポルノ三本立てキワモノ興行、その先鋭的な作風がごく一部から評価されたが、大きな注目を集めることはなく埋もれていった。 『女子大生失踪事件』の脚本は深尾道典。東映京都撮影所の助監督を務める一方で大島渚監督作品『絞死刑』の共同脚本を手がけた異能であり、73年に『女医の愛欲日記』で監督デビュー。これまた東映ニューポルノの一編であり、未解決の新橋第一ホテル女医殺人事件をもとにシュールでアヴァンギャルドな映画へと仕上げて作家としての存在感を示した。 が、東映上層部は「二度と深尾に撮らせるな!」と激怒。続いてシナリオを手がけた『女子大生失踪事件』を監督する機会は取り上げられ、せめてもの抵抗として会社側の指名した監督ではなく、後輩の荒井美三雄に後を託した。 消えた女子大生・村松幹子をめぐって3人の大学関係者がそれぞれの主観で語り合う本作は、言葉とは裏腹の情事が映像として回想されてゆく。三者三様、さまざまな「貌」を持つ彼女を多面的に描いた大学版『藪の中』という構成であり、助教授・講師・大学院生が狭い密室で下世話な議論を重ねてゆく。 予算500万、撮影5日……撮影所の内外を「象牙の塔」に模した低予算むき出しの造作だが、濃い顔の男どもと対照的な主演・沢リミ子のはかない実存、そして京都発のプログレバンド「だててんりゅう」の月光恵亮による音楽が虚実ないまぜの51分に叩きつけられる。 疑惑の男、渋沢助教授を演じた菅貫太郎は俳優座出身。同じく74年公開の映画『田園に死す』では寺山修司を思わせる「私」に扮しており、そのアンニュイな魅力を本作においても発揮。出世作となった『十三人の刺客』の明石藩主をはじめエキセントリックな悪役も多く、『必殺仕置人』第1話「いのちを売ってさらし首」の骨はずしを食らう北町奉行などテレビ時代劇の常連であった。 すでに『女医の愛欲日記』に出演し、深尾道典の指名であった菅貫太郎に対して、大学院生・水沼役の清水綋治はアングラ界で名を馳せた劇団黒テントで活躍しており、前衛に関心の強い監督の荒井美三雄によるキャスティングだ。菅と清水、ギョロ目同士の共演に講師・山形役の有川正治……任侠映画でおなじみのコワモテがアンサンブルをなす。 立教大学の関係者をもじった役名や展開の端々に事件のディテールを織り交ぜつつ、最後はフィクションならではの展開へと昇華する。それはもうあざやか……ラピュタ阿佐ヶ谷での上映初日、客席から「えっ!」とどよめきが起きるほどであった。