企業側の論理による「働き方改革」ではない...カゴメ有沢正人CHOに聞く、「生き方改革」の真髄
<人事は、社員に「サプライズ」を与えられているか? HRアワード2023書籍部門 最優秀賞を受賞した『カゴメの人事改革』著者インタビュー>
カゴメの最高人事責任者(CHO)として数々の人事改革を行ってきた有沢正人さん。「サステナブル人事」というフロンティアを切り開き、「戦略人事」との高度な両立を体現してきました。サステナブル人事とは、企業目標を利益に限定せず、地球環境と多様なステークホルダーへの貢献を前提とした人事のあり方を意味します。 ●日本だけ給料が上がらない謎…その原因をはっきり示す4つのグラフ 法政大学大学院政策創造研究科教授である石山恒貴さんとの共著『カゴメの人事改革』(中央経済社)は、日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門で最優秀賞を受賞。人的資本経営を実現するためのエッセンスがつまった一冊です。有沢さんが人材育成で大事にしている指針とは何なのでしょうか?(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です) ■カゴメの「生き方改革」を広めたら、日本の人事が変わる ──『カゴメの人事改革』の日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門・最優秀賞をおめでとうございます! 石山さんとの共著とのことで、執筆に至った背景は何でしたか。 石山先生とは昔から仲がよく、講演をご一緒することも多くて、石山先生の著書『日本企業のタレントマネジメント』の出版記念講演に登壇したこともありました。 石山先生は、カゴメの「生き方改革」の実践を日本企業に広く知らせていけば、日本の人事が変わると力強くおっしゃった。たしかに、カゴメの人事改革について話すと、「うちの会社でも講演してほしい」という反響を数多くいただいていました。 人事戦略は経営戦略のなかでも重要であるし、人的資本経営の実現に向けた道筋を、他の企業でも再現可能な姿として示していくことは意義深いことではないか。そんな思いから『カゴメの人事改革』の共同執筆に至りました。 ■キャリアを決める権利は「個人」にある ──カゴメの「生き方改革」という考え方は、どのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。 当時の寺田直行社長とは、「労働生産性の向上をめざす『働き方改革』は企業側の論理」だと、意見が一致していました。それだけでは、多様な働き方はなかなか実現しないだろうと。 働く個人の視点に立つと、働き方やキャリアを自らの価値観で決められる「暮らし方改革」も必要です。それにより、社員のキャリア自律を促すことができます。根底にあるのは、「キャリアを決める権利は個人にある」という考え方です。 企業視点の「働き方改革」と、社員視点の「暮らし方改革」。このマッチングこそが「生き方改革」へつながると考えたのです。具体的には、家族が一緒に暮らすことを前提にした「地域カード」や、スーパーフレックス勤務制度、テレワーク勤務制度などを導入しました。 ただし、カゴメでは「空いた時間を自己研鑽に充てなさい」とは言いません。それは業務命令になってしまう。空いた時間の過ごし方は本人の自由です。私なんて、阪神ファンなので阪神の試合を観にいっていますし、ドラマも毎クール全て見ていますから(笑)。 また、副業を解禁し、「他社と雇用契約を結んでもいい」としました。副業もリスキリングの1つになり得ますし、その経験を次のキャリアにつなげてもらえたらいいと考えているんです。提案当初は、役員から「優秀な人が流出する」と言われましたが、人をリテンション(維持)するのではなくアトラクト(魅了)する会社になればいいと説得しました。 ■人事施策では、「想像力」と「創造力」が必要だ ──「生き方改革」を進めるなかで壁にぶつかることもあったのではと思いますが、壁をどう乗り越えていったのでしょうか。 難しい局面でも、トップを巻き込めば何とかなると考えています。新たな人事施策を打ち出し、経営者に説得する際には、「ベストシナリオ」と「ワーストシナリオ」を見せるんです。「この施策を行うとこんないいことが起こる可能性が高い。実現できるかはわからないが、逆に今何もしないと、〇年後にこんなよくないことが起きる」というように。 人事制度改革というと、「5年後、10年後も盤石な制度をつくらなくては」と考える人もいます。ですが、それは違います。これだけ急速にマクロ環境が変化するなかで、人事制度を一度導入したら変えてはいけないなんて幻想ですよ。 大事なのは、「変えてダメだったら撤退する」という勇気をもてるかどうか。私の場合も、自分が企画した施策が実施に至ったのは、打率としては3割くらいです。 人事施策をつくる際に必要なのは、「想像力(イマジネーション)」と、「創造力(クリエイティビティ)」。想像する際には、短期と中長期の両方の視点をもつようにします。もちろん、いったん導入して定着したら終わりではなく、制度疲労が起きていないか見直すことも必要です。 ──撤退する勇気をもつこと、外部環境の変化を前提に動くことが大事なのですね。 未来は予測できないことも多いですが、色々と情報収集していると、一定の見通しを立てられます。たとえば一般論ですが、円安は今後も一定期間続き、原材料費の高騰により商品価格の改定を迫られるかもしれません。すると改定した価格でもお客さまに納得いただけるよう、自社のバリューを伝えられる人材が必要になる、というように。 今の中期経営計画は2025年に終わります。その先の2035年や2050年のビジョンを見据えて、どんな能力のある人材が必要かを考え、育成の道筋をつくれるか。そこが人事の腕の見せどころです。