移行期限迫るガバクラ、自治体・支援事業者の現状は? 300の自治体で利用されるAWSの場合
「ガバメントクラウド」は、推進開始から4年目を迎えている。AWSは、ガバメントクラウドの先行事業および早期移行団体検証事業を通じて、「300を超える自治体で利用・採用されている」と説明会で語った。 【もっと写真を見る】
日本国内の行政機関が共同利用する「ガバメントクラウド(ガバクラ)」は、推進開始から4年目を迎えている。地方自治体は、ガバメントクラウドを活用した標準準拠システムへの移行を“2025年度末まで”に完了することを目指している。しかし、デジタル庁による2023年10月の調査では、全体の約1割にあたる171団体が「移行困難」な状態にあるなど、各所で遅れが叫ばれている状況だ。 一方で、認定クラウドサービスプロバイダー(CSP)のひとつであるAWSは、ガバメントクラウドの先行事業および早期移行団体検証事業を通じて、「300を超える自治体で利用・採用されている」と10月22日に開催された説明会で語った。同社は、2025年度の本番移行に向け、自治体や事業者への支援を強めていく。 ここでは、AWSでガバメントクラウドの早期移行を進めた名古屋市、および支援を強めるパートナー企業である日立システムズの現状、そしてAWSの支援策を紹介する。 早期移行の名古屋市が「単独利用方式」を選択した理由 名古屋市は、2023年度の早期移行団体に採択されており、基幹20業務のガバメントクラウド(AWS環境)移行に取り組んでいる。この「システム標準化」および「ガバメントクラウド移行」は、同市の定めるDX推進施策の一環に位置づけられる。 名古屋市ではもともと、基幹業務システムの稼働年数がかさみ、主要なオンプレミス環境である自営データセンターも老朽化しているため、マルチベンダーかつ個別最適化で仕組みを変えるには時間がかかり過ぎるという課題を抱えていた。名古屋市の総務局 行政DX推進部 デジタル改革推進課 課長補佐である高橋広和氏は、「システム標準化の好機と捉えて、課題解決の手段としてガバメントクラウドの検討も始めた」と経緯を語る。 システム標準化の検討を始めた2021年度には、ガバメントクラウドの活用を決定。2022年度から本格的な要件検討を始め、2023年度に環境を整備しつつ、ガバメントクラウドの利用を開始した。基幹業務システムは、2024年度より順次移行を開始しており、システム標準化対象と定めた20業務のうち18業務を、2025年度までに移行完了予定だ。 要件定義において、ガバメントクラウドの接続回線やCSPの選択、移行過渡期の情報連携など、検討事項は多岐にわたったという。ただし、最も大きな決断は「ガバメントクラウドの利用方式を『単独利用』にするか、『共同利用』にするかだった」と高橋氏。 単独利用方式は、地方自治体が単独でクラウド環境を利用する方式だ。地方自治体が運用主体としてCSPや運用ルールを決め、クラウド環境も用意をして、その環境に事業者がシステムを構築する。 一方で、国が推奨するのが共同利用方式だ。地方自治体が共同で環境を利用する方式で、運用主体は共同環境運用ベンダー(運用管理補助者)が担い、事業者が共同利用のシステムを構築する。 単独利用方式を選択した理由について、高橋氏は、「主体的に方針を決められることで事業者との調整を削減でき、素早く意思決定ができる。また、統一的なルール適用によりガバナンス確保や全体最適化も可能で、クラウド利用のメリットを直接享受できる」と説明する。そのメリットと“クラウドの専門スキルが必須”というデメリットを天秤にかけ、決断した。 具体的にどうガバナンスの確保や全体最適化を進めていくのか。 従来は、システムに付随する形でファイルサーバーやコミュニケーションツールを調達していたため、認証基盤やセキュリティ対策、専用端末はバラバラだった。ガバメントクラウドへの移行で、サービスを共通機能として一括調達し、認証基盤やセキュリティ対策も統合できる。全システム共通の端末が利用できることで、「職員は効率的に業務ができ、間接的に住民サービスの向上も期待できる」と高橋氏。 また、クラウドで可用性を確保できるようになり、回線も複数経路かつ冗長化されることで、大規模災害対策を進められる。かつてのRTO(目標復旧時間)は“一週間以上”、RPO(目標復旧時点)は“一か月以上”だったが、ガバメントクラウドへの移行後は、RTOは最短で数時間、RPOは最短で数分間まで短縮されるとのことだ。 今後は、ガバメントクラウドにおいて、AWS Shield Advanced(DDoS対策)のようなインターネット接続系でのシステム利用や、Amazon BedrockのようなAI系サービスの公共分野での利用、さらに三層分離廃止の方針が出ている中で、SASEやゼロトラストの導入などにも期待しているという。 IaCによる作業プロセス自動化でAWSを選択、本格化を前に準備も着々 ガバメントクラウドの移行支援に注力するパートナー企業のひとつが日立システムズだ。同社は、AWSの開発・導入を手掛けるプレミアムパートナーであり、自治体向けソリューションである「ADWORLD」も手掛ける。 同社は、これまでのガバメントクラウド先行自治体との取り組みで蓄積した知見を活かして、「ガバメントクラウド向けリフト・運用・ネットワーク関連支援ソリューション」を、2024年8月より提供している。 ADWORLDだけではなく他社の業務アプリケーションも含め、ガバメントクラウドへのリフトを支援し、運用管理補助者としてリフト後の運用まで対応する。特にリフト支援においては、デジタル庁の推奨するIaCの考え方を活用して、OS・RDSの構築までを担う。 ソリューション提供に至るまでの実績は、2023年度までに、先行事業・早期移行において、12団体のガバメントクラウド移行を支援。2024年度上期にも、20団体の環境を構築した。 今後2024年度下期には、約100団体、2025年度には、約320団体のリフト作業を計画しており、ビジネスクラウド向けのグループも動員するなど、リフト専任チームを整備して対応予定だ。 日立システムズがAWSを選定した理由について、同社の公共・社会事業グループ 業務役員 統括事業主管 穴山泉氏は、「最も早期にCSPとして認定され、適用のためのドキュメントが充実していた」と述べる。その他にも、2025年度末までの移行には“作業プロセスの自動化”が必須であり、そのためのIaC機能が豊富であることも決め手になったという。 今後の課題として穴山氏は、「現状のガバメントクラウド利用料は国負担だが、来年度からは自治体が負担することが考えられる。これまでの自治体システムでのリソースでは、パブリッククラウドのコストメリットを享受できない可能性がある」と指摘する。そのため、リフトされたシステムの稼働状況をモニタリングして、クラウドコストの最適化を進めることが重要になってくるという。 移行後を見据えるAWS、自治体システムのコスト最適化やモダン化を推進 一方のAWSは、 ガバメントクラウドを通じてクラウドの価値を自治体に届けるべく、「ITインフラの標準化、共有化、部品化を推進」をテーマとして支援施策を展開する。 施策のひとつが、これを機にクラウドを本格活用する自治体に向けての「クラウドスキルの育成」だ。クラウド・AWSは何かという基本から、ガバメントクラウドの最新動向までを解説する説明会を、各都道府県別にて実施。2024年9月末までに35の都道府県で開催している。並行して月次のオンライントレーニングも展開しており、通算3529名が参加、専用の情報ポータルも立ち上げている。 もうひとつの施策が、「ガバメントクラウドへの移行支援」だ。最初の取り掛かりとして、自治体および事業者が“何を検討しなければいけないか”を整理できる「ガバメントクラウド利用タスクリスト」を提供。事業者に対してはパートナープログラムを通じた支援も展開してきた。 有償のコンサルティングサービス「AWSプロフェッショナルサービス」においても、ガバメントクラウド移行のメニューを用意。自治体向けには、運用管理補助者の作業を、パートナーに向けには、業務アプリケーションのクラウド化・モダン化をサポートする。 クラウド見積の適正化についても情報発信している。コンピューティングや料金体系、稼働時間、バックアップなど、クラウドの効果的に使うための見直しのポイントをまとめている。 本番移行に向け、これらの取り組みを継続すると共に注力するのが、日立システムズも懸念を示していた“クラウド利用コストの適正化”だ。本番稼働後に利用率を監視して、サイジングの見直しや不要なサービスを提案することでコスト最適化を支援する。マネージドサービスの活用やアプリケーションのモダン化も推進していく予定だ。 文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp