コーヒーで旅する日本/九州編|オフィスコーヒーを柱に約25年。勤め先で飲んだ味からファンになった常連も。山口の自家焙煎店「花あそび」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。 なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】自宅併設の自家焙煎店を開いた時に使っていた小型の卓上焙煎機 九州編の第87回は山口県山口市、防府市に店がある「花あそび」。店を開いたのは1998(平成10)年で、最初は防府市にある自宅の一角を店として利用する形でこじんまりとスタート。サラリーマンを早期退職した先代の故・佐々木光雄さん、奥さんの弘子さんの2人がセカンドライフの楽しみの一つとして小さなマシンで焙煎を始めたのがきっかけだ。 当初、光雄さんは「自分たちが無理なくやれる範囲で、自宅の一角でぼちぼちコーヒーを焼いていこう」ぐらいのスタンスだったそうだが、元来が企業勤めのバリバリの営業マン。コーヒーの販売量が増えるにつれ、お客の期待を裏切らないために焙煎をし続ける日々。数年後に焙煎機を新調するとセールス魂に再び火が付いた。焙煎士として活動する傍ら、山口県各地、さらには九州までオフィスコーヒーの顧客を得るために営業に回る日々を送る。 「花あそび」はそうやって山口におけるオフィスコーヒーのシェアを伸ばしていったそう。一時は会社はもちろん、官公庁からもコーヒーの注文を受けていたという。職場で「花あそび」のコーヒーを飲んだのを機に個人的に店舗に豆を買いに来始めたという常連が多いのも納得の歴史だ。2020年に先代の光雄さんが亡くなり、現在、山口本店は奥さんの弘子さん、防府店は息子の穂高さんが営んでいる。 Profile|佐々木弘子(ささき・ひろこ)さん、佐々木穂高(ささき・ほだか)さん 弘子さん/山口県・防府市出身。企業勤めだった夫の故・光雄さんが早期退職をしたのを機に一緒に自家焙煎店「花あそび」を始める。光雄さんが健在の時期は接客スタッフ、裏方として店舗に立ち、現在は山口本店の経営に加えて2店舗分の焙煎も担当。 穂高さん/父親の仕事の都合で熊本県・熊本市にて長く過ごす。父親の光雄さんが脱サラして始めた「花あそび」を20歳ごろから手伝い始める。卸先が多岐にわたったため、配達をメインに担当。2019年10月、「花あそび 防府店」を開業。防府店はもともとショッピングモール内にあったが、2023年6月に現在の場所に移転オープン。 ■営業マン的思考でコーヒーの裾野を広げて 「花あそび」をレコメンドしてくれた木家珈琲倶楽部の井上さんはもちろん、香椎参道Nanの木の芹口さんからも「『花あそび』の先代は本当にパワフルな方でした。生粋の営業マンという感じで、いつも山口、九州を飛び回っているイメージがありましたね」というエピソードを聞いた。「花あそび」という店名から優しいイメージを勝手に抱いていたが、いい意味で違うようだ。 店は山口大学そばの山口本店、防府店の2店舗があり、本店を先代の奥さんである弘子さん、防府店を息子の穂高さんが切り盛りする。それぞれに経営は違えど、扱うコーヒーの種類はほぼ同じで、販売価格も変わらない。 豆の品書きを見てみると、大きくスペシャルティコーヒーとスタンダードコーヒーに分かれており、スタンダードの方は徳用ブレンド、ブラジル・サントスなどすべて100グラム400円。しかも500グラム購入でさらにそこから2割引という値頃感。原料である生豆の価格が上がっている昨今、個人経営の店舗でこの価格を維持しているのは素直にすごい。スペシャルティコーヒーを見てみても100グラム550円、580円といったリーズナブルなブレンド商品が並ぶ。 もちろんスペシャルティコーヒーもボリュームディスカウントを行っており、日々コーヒーをたしなむ常連の多くは500グラム単位で購入していくそうだ。つまり「花あそび」もまた佐賀のいづみや珈琲、福岡の自家焙煎珈琲専門店 伽楽などと同じように地域の暮らしに根付く自家焙煎店ということ。その証拠にコーヒーの種類はスペシャルティ、スタンダード合わせて25種程度とラインナップも多彩。防府店を営む佐々木穂高さんは「これでも以前に比べれば種類を絞っている方ですよ」と笑う。 ■先代が物言わず教えてくれた真摯な焙煎 コーヒーの焙煎は現在、山口本店にて弘子さんが担当。もともとは先代の光雄さんが行っていたが、2020年に他界した後は弘子さんが引き継いでいる。弘子さんは「夫の焙煎を近くで見ていましたので、見様見真似でなんとかやっているという感じです。奇をてらうことなく、生豆が持っている良い部分を引き出すことだけを考えながら丁寧に焙煎するという基本的な姿勢だけは忘れないよう日々コーヒー豆と向き合っています。ただ、当たり前ですが、“これが正解”だなんて思ったことはなくて。常連のお客さまたちのお声も大切にしながら、また息子たちの意見も受け止めながら焙煎している、という感じですかね」と微笑む。 実際、人気No.1だという花あそびブレンド春を味わってみると、個性が強く際立っているというわけではないが、後味がとてもすっきりとしていて飲みやすく、なによりバランス感に秀でている。全体的にどの豆でもクリアな味わいは大切にしているそうで、それもあり焙煎前後のピッキングは欠かさない。「これも主人が健在だった時からの変わらないルーティン。最近の生豆だと欠点豆は比較的少ないですが、それでも雑味の原因になる要素は少しでも排除したいですから」と弘子さん。この丁寧な仕事が25年以上愛される大きな理由かもしれない。 山口本店、防府店ともに豆売りがメインで、どの豆も100グラム単位から購入できる。山口本店のみ喫茶利用ができるので、豆購入ついでにコーヒーを注文して楽しむのもおすすめ。店の目の前を流れる椹野川の河畔の穏やかな景色を見ながら、コーヒー片手に散歩しても気持ちよさそうだ。 ■佐々木さんレコメンドのコーヒーショップは「Cafe Struggle」 「山口県長門市にある『Cafe Struggle』さんには主人と一緒に何度かお邪魔したことがあります。農協の事務所だった場所を利用した店で、すごく雰囲気が良くて。店主の廣田さんは物静かで、すごく真面目な方。金子みすゞ記念館や道の駅センザキッチンの近くにあるので、観光ついでに利用しやすいと思いますよ」(佐々木さん) 【花あそびのコーヒーデータ】 ●焙煎機/フジローヤル直火式5キロ ●抽出/サイフォン(山口本店のみ) ●焙煎度合い/浅煎り~深煎り ●テイクアウト/あり ●豆の販売/スペシャルティコーヒー100グラム550円~、スタンダードコーヒー100グラム400円 取材・文=諫山力(knot) 撮影=大野博之(FAKE.) ※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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