シガー・ロスが語る日本との絆、オーケストラ公演の全容、希望とメランコリーの30年
彼らの公式ウェブサイトのツアー・アーカイブによると、初来日は2000年のサマーソニック。以来計11回日本を訪れ、実に36回の公演を行なってきたシガー・ロス(Sigur Rós)。一度観たら虜になる、そのマジカルなライブ・パフォーマンスの呪縛はこの間解けることがなく、彼らがやって来るたびに我々は熱狂的に迎え入れてきたわけだが、来年2月に東京と兵庫で予定されている計3回の公演では、これまでのどの回とも趣を異にしたパフォーマンスが目撃できる。そう、昨年発表した10年ぶり8枚目のアルバム『ÁTTA』をオーケストラと録音したシガー・ロスは、現在進行中のツアーでも同様にオーケストラと共演。旧作の収録曲もアレンジを刷新して披露している。 【写真ギャラリー】シガー・ロス最新ライブ写真(全26点) 思えば、脱税疑惑(のちに無罪判決が下されている)などのスキャンダルに見舞われ、ラインナップも入れ替わり(オーリー・ディラソンが2018年に抜け、2012年に脱退したキャータン・スグヴィーンソンが2022年に復帰)、前作『Kveikur』リリース後様々な試練にさらされた彼らは、どこに行き着いたのか? ツアーの話はもちろんのこと、『ÁTTA』のレコーディングから今後の展望に至るまで、アメリカでのツアー日程を終えてレイキャヴィクの自宅に戻っていたゲオルグ・ホルム(ベースほか)が、シガー・ロスの現在地について広く話してくれた。
「シガー・ロス・オーケストラ」になりたかった
―オーケストラル・ツアーと銘打った今回のツアーはこの秋本格的にスタートし、まずはアメリカ各地での公演が終わったところですが、手応えはいかがですか? ゲオルグ:どの公演も素晴らしい体験だったよ。会場は格別に美しいし(※今回の彼らはフィラデルフィアのメトロポリタン・オペラ・ハウスやシアトルのパラマウント・シアターなど歴史あるコンサートホールを会場に選んでいる)、オーディエンスも、オーケストラを交えたライブというアイデアを歓迎してくれているように感じたし。 ―そもそもこういう形態でのツアーが実現したのは、『ÁTTA』にロンドン・コンテンポラリー・オーケストラをフィーチャーしたことが発端だったわけですよね。 ゲオルグ:うん。『ÁTTA』には大々的にオーケストラを導入していて、アルバムがオーケストラを求めていた――と言うべきなのかな(笑)。着手してしばらくすると、曲が「オーケストラを入れてくれ!」と大声で僕らに訴えかけているように感じたんだ。そしてリリース後にツアーを始めて、当初は通常のバンド編成でプレイしていた。でもオーケストラとの共演にも挑戦したくて、去年ヨーロッパとアメリカで何度か試験的にやってみたんだよ。それがすごくうまくいって、トラディショナルなロックンロールではなくこの表現をさらに掘り下げて、全日程オーケストラとツアーするべきなんじゃないかという結論に至った。シガー・ロスがトラディショナルなロックンロール・バンドだったことがあるのか否か、疑問ではあるけどね(笑)。 ―ファンがYouTubeにアップした映像を幾つか観たんですが、オーケストラがバンドの背後に控えているのではなく、あなたたち3人もオーケストラに混ざって、指揮者に従って演奏していたことに驚きました。 ゲオルグ:そこも非常に重要なポイントで、オーケストラと共演しようと決めて、最初に僕らが考えたのは、“シガー・ロスとオーケストラ”にはしたくないということだった。オーケストラを従えるだけなら、過去に何百回も他のアーティストがやってきたことと変わらないからね。もちろん彼らはそういう形態で充分に成果を得てきたわけだけど、僕らが望んでいたことは違った。どうせならオーケストラの一部になりたかった。ロックンロールとクラシック音楽をミックスするのではなく、“シガー・ロス・オーケストラ”になりたかったというか(笑)。一貫性のある体験を提供することをゴールに掲げて、僕ら自身をオーケストラのサウンドの中に組み込むような感覚だね。バンドの場合はリズムが全体をしっかり束ねているわけだけど、オーケストラは常に浮遊しているようなところがあって、これらふたつの世界はいつもスムーズに混ざるわけじゃない。だから苦労はあったけど、ロバート・エイムズという指揮者(※ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラの芸術監督。アルバムで指揮を担当し今回のツアーにも同行している)がいてくれたし、うまく形に出来たと思う。ロバートは多様な要素をまとめ上げる術を心得ていて、僕もロバートを信頼することの大切さを学んだよ。演奏中に自分のパートがオーケストラから浮いていると感じることがあっても、彼の指揮に従えば、ほかのパートとの関係性が見えてくるんだ。 ―セットリストは当然ながら『ÁTTA』の収録曲を中心に構成されていますが、ほかの曲についても、オーケストラとの互換性を踏まえて選んだんですか? 『()』『Takk...』『Valtari』からの曲も目立ちます。 ゲオルグ:そうだね。言うまでもなく『ÁTTA』の収録曲はオーケストラ無しにはライブで再現できなかったし、ほかにも候補はあったけど、結局オーケストラでの演奏に適さなかった曲はプレイするのを諦めた。これらの曲の仕上がりを僕らが気に入っていて、アレンジに成功したと感じているからこそ、セットリストはほとんど変わっていない。ツアーを始めるにあたって僕らはまず、オーケストラと聞かせたら素晴らしいんじゃないかと思う曲をずらっと挙げてみたんだ。いかにもそれっぽい曲は避けつつ。中には、さっき言った“シガー・ロス・オーケストラ”ではなく“シガー・ロスとオーケストラ”になってしまう曲もあった。でもその一方で、これまでに色んなアプローチを試したけどライブではしっくりこなかった曲が、ようやくポテンシャルを全うしたケースがある。例えば「Starálfur」がそうだ。以前、限りなくエレクトロニックに傾けてプレイしたことがあって、それはそれで成立していたけど、100%満足できていなかったんだよね。「Hoppipolla」も然りで、ここにきてオーケストラを起用することで、そういった曲を従来とは全くことなるバージョンでプレイできたのは、本当に楽しかった。 ―『Kveikur』からは1曲も入っていませんね。やっぱり、あまりにも異質なアルバムだったということでしょうか。 ゲオルグ:言われてみるまで気付かなかったよ(笑)。恐らくあれはすごくアグレッシブで、ロックンロールで、終始ガンガン突き進むタイプのアルバムだから、候補に挙げるべき曲がなかったのかもしれない。でもこうして改めて訊かれると悩んでしまうし……バンド内でミーティングを開く必要があるな(笑)。 ―あなたが個人的にセットのハイライトだと感じている曲はありますか? ゲオルグ:僕はやっぱり、みんなが楽しみにしている曲をプレイするのが好きなんだ。例えばさっきも挙げた「Hoppipolla」や「Starálfur」みたいに、広く知られている曲だね。なんだかんだ言って、オーディエンスから熱狂的なフィードバックを得られるのは気持ちがいい(笑)。すごく暖かい気持ちになるし、バンドにとって励みになるから。