ゴミ係のおじさんが「鳥羽城の未発見絵図」を発掘するなんて…ドイツ在住作家が「さすが日本」と感嘆したワケ
■42年前、ドイツに移住したときに見た光景 今回、古い史料をリサイクルセンターに持ち込んだ人は、私とほぼ同年代といえる。ちなみに、先祖代々の時間の流れが次世代に受け継がれなくなってしまったのは、まさにこの私たちの年代ではないか。 42年前、ドイツに渡り、これから長く住むとなって、ようやく落ち着いた頃、突然、不安な気持ちに駆られたことを思い出す。後ろを振り向くと、他の人は学生時代、子供時代、それどころか世代を超えて、はるか昔まで一本の道が続いているように思えたのに、私の後ろだけは何もなかったからだ。抽象的な話に聞こえるだろうが、私の頭には、その時見た衝撃的な“光景”が、今もはっきりと残っている。 しかし、今の日本では、多くの人は後ろを見ても、道はどれほど長いのか。せいぜい両親か祖父母の辺りまでで、それ以前は霞んでしまって、伝統や精神性は受け継がれてはいないような気がする。少なくとも私の場合はそうだ。 ■「先人の思いを引き継ぐ」むずかしさ 10年前、四国の高松の栗林公園を訪れた時、後ろの山を借景にした瀟洒(しょうしゃ)な佇まいにも感動したが、私にとっての圧巻は松だった。庭園内の1400本のうちの1000本は、職人が手を入れた手入れ松で、その美しい形状は長い年月の証左だ。中には300年以上の月日がたっているものがあるというのが、驚異だった。 人の命は松のそれよりも短いから、美しい松の形を求めた江戸時代の人々は、その心を人から人へと継承していったわけだ。これは、平和の世で、しかもかような風流に財を費やすことのできる豊かさ、そして伝えようという意思がなくては叶わない。 今回、鳥羽の「修復願絵図」の話を聞いて、栗林公園の松を思った。松も、そして「修復願絵図」も、先人の思いと知恵がたっぷりと浸み込んでいる。どちらも空襲で焼かれなかったことは、本当に幸いであった。私たちの役目は、これを全力で次世代に引き継いでいくことだろうと、理屈ではわかっているが、とても難しい。 ---------- 川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ) 作家 日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。 ----------
作家 川口 マーン 惠美