はびこる「緑の植民地主義」 届かぬ先住民の声 伝統・文化継承に苦悩・第3部「未来が見える場所」(9)〔66°33′N 北極が教えるみらい〕
脱炭素や自然保護を掲げる政策が、先住民の伝統や文化を圧迫する事例が後を絶たない。 【写真】トナカイの世話をする先住民族サーミの女性 「持続可能な経済」「持続可能な開発」。こうした大義名分の前に先住民の声はかき消され、一方的に政策を押し付けられる。先住民は環境保護を名目にした「緑の植民地主義」にあらがい、伝統的生活を守る道を探っている。 ◇禁じられた漁 米アラスカ州の先住民ブルック・ウッズさん(41)一家は、かつて夏になるとユーコン川沿いにある「フィッシュキャンプ」と呼ばれる野営地に集まった。捕ったサケをさばいて薫製にし、厳しい冬に備える。数千年続く自給自足の伝統や知恵を祖父母・親から学び、次世代に受け継ぐ場でもあった。 だが、近年流域のサケが激減した。「魚も前より小さくなった」とウッズさん。サケは温暖化に伴い、寒冷な北極圏に移動したとみられる。ベーリング海でスケトウダラ漁を行うトロール漁船による混獲も個体数減少に拍車を掛ける。 アラスカ州政府は2021年、個体数を回復させるためユーコン川でのサケ漁を禁じた。その後も状況は改善せず、今年4月に30年まで禁漁を継続することが決まった。アラスカ州に住む229の先住民族の半数が「食料不足の危機」に陥った。 ウッズさんは先住民による乱獲が原因ではないにもかかわらず、一方的に禁漁を押し付けられたとして「制度化された人種差別だ」と批判。「サケはわれわれの命であり血だ。漁の禁止は、先住民の心の健康と文化を損ない、人権侵害に値する」と憤る。 ◇トナカイ放牧に支障 北欧とロシアの北極圏にまたがる地域で生活する先住民族サーミは、脱炭素に向けたグリーントランスフォーメーション(GX)政策の「被害」を受けた。ノルウェー政府当局が13年にサーミのトナカイ放牧地で風力発電タービン約150基を建設することを許可したためだ。 サーミは、風力発電が放牧に支障を来し、先住民の権利を侵害していると主張。ノルウェー最高裁は21年にこの言い分を認め、最終的に政府がサーミ側に補償金を払い、新たな放牧地を提供することで和解した。 サーミの権利擁護を目的とする「サーミ評議会」のアスラート・ホルムバルグ代表は「クリーンエネルギーへの転換は賛成だが、先住民に負担を強いる口実として使われれば、『緑の植民地化』計画に他ならない」と強調。「経済や環境が持続可能かだけでなく、文化的にも持続可能かどうかを検討すべきだ」と訴える。 ◇「必要な分だけ」 先住民は何千年もの間、その地に根を張り、環境や資源を守りつつ生活してきた。ウッズさんは「過去にも猛暑や資源減少など自然由来の環境変化があったが、適応して乗り越えてきた。われわれはこの土地の管理人であり保護者だ」と語る。自給自足のためのサケ漁が禁じられ、伝統的な生活様式が壊されたことについては「(先住民族の)生き方や知恵を次世代にどう教え、継承していくかの方法を模索している」という。 環境や資源をどのように守っていくべきか。ウッズさん、ホルムバルグさんにそれぞれ問うと、同じ答えが返ってきた。「必要な分だけ取る」。至極当然だが、現代社会で忘れがちなことを思い出させてもらった気がした。