「動けない大国」アメリカの行方 第3回:「議院内閣制」化するアメリカ政治 /上智大学・前嶋和弘教授
タイミングやオバマ自身のプラグマテックな性格で、オバマ政権の外交が「動けない」ものになったとするなら、それでは、オバマ政権が変われば、アメリカにリーダーシップは戻るのだろうか。話はそんなに簡単ではない。というのもいわゆる“内向き”の原因は、国内政治の「議院内閣制」化という構造的な問題が絡んでいるためだ。 【写真】第2回:これまでの米外交から見たオバマ外交
(1)権力分散という“DNA”
アメリカの政治は、大統領と連邦議会、さらには連邦裁判所が互いに「抑制均衡(チェック・アンド・バランス)」を保ちながら運営されている厳格な権力分散制度である。他国との比較のためにアメリカの政治制度を便宜的に「大統領制」とは呼ぶが、大統領に権限が集中しているわけではない。憲法には「大統領制」という言葉はなく、権力分散の仕組みが規定されている。 言い換えれば、大統領にしろ、連邦議会にしろ、特定の期間に権力が集中しないようにしようとする仕組みが“アメリカ政治のDNA”である。外交政策の場合、どうしても瞬時の対応が必要なため、「三軍の長(コマンダー・イン・チーフ)」である大統領の権限は大きいが、それでも大統領が行う外交政策に対して、議会は予算権限をちらつかして、にらみをきかしてきた。「冷戦コンセンサス」が消えていったのも、権力分散という“DNA”に立ち戻ったとも解釈できる。
(2)激減した民主・共和の政策的妥協
しかし、過去30年間で、権力分散という“DNA”を超える新たな政治的潮流が顕著になり、「大統領」対「議会」の「パワーシェアリング」の形が崩れてきた。政党間の対立が激化し、アメリカ政治の全てのアクターは「大統領とその政党(与党)」対「対立党」というプリズムで政策過程を眺めるようになってきたためだ。この動きは同じ政党の議員や大統領は、政策案件について政党ごとに行動するという議院内閣制に近い状況が目立っている。 議院内閣制とは、行政を担当する内閣が立法府の信任に依拠して存在する仕組みであり、立法と行政が部分的に一体化する。日本の憲法では「国務大臣の過半数は、国会議員の中から選任しなければならない」(68条)と規定されているが、実際には民間からの登用はほとんどない。それぞれの国の制度にもよるが、一般的には政党の影響力が強く、議会の多数派の政党(与党)、今の日本なら自民党が内閣を組織する。アメリカは前述のように厳密な権力分散制度であり、本来なら議院内閣制とは全く相いれない。 しかし、この議院内閣制化は、政党に対する長期的な支持態度の変化が状況を大きく変えつつある。かつては民主・共和両党ともに中道保守的な傾向があり、民主党と共和党のそれぞれの支持者の間でも特定の争点や政策に対する意見は分かれていた。1970年代には主要法案の投票で同じ政党でも賛否が半数に分かれることもざらであり、政党の党議拘束もないに等しく、法案をめぐっての両党の間の妥協は比較的容易だった。しかし、この30年間で大きく状況が変わった。民主党と共和党という2つの極でイデオロギー的凝集度が高くなり、そのために両党の立ち位置も大きく離れていった。この傾向を「政治的分極化」という。 「政治的分極化」の理由は様々あるものの、その最大の一つが、南部の政治的変容である。共和党が保守的な南部の民主党支持者をターゲットにし、鞍替えさせることで勢力を拡大し、「共和党=中西部、南部の党」「民主党=北東部、西部の党」という色分けが鮮明化になっていく。世論も議会のイデオロギー勢力図だけでなく、官僚、利益団体、シンクタンク、市民団体などの様々なアクターが「2つの政党」というラベルで再編成され、政治参加からガバナンスのあり方までが変貌したのが、過去30年のアメリカ政治の最大の特徴である。