デビュー作に驚嘆、草木との一体化を描き、人間の精神の暗がりを語る傑作短篇―彩瀬 まる『花に埋もれる』鴻巣 友季子による書評
単行本初収録「花に眩む」を読み、作者はこんなすごい作でデビューしたのかと感嘆した。作中で人びとの体には土地によってそれぞれの花が咲く。やがて花の根が心臓にまで浸食すると、人間は花と草の固まりになり、ぐずぐずと崩れて死を迎える。語り手「はな」が子をなした年上の男性は、最近全身にハトムギが繁り、死が近いようだ。 人間はみな「目にするものの美しさにぽかんと口を開いてほろびていく」とはなは思う。人のモータリティをまっすぐ見つめる作者の眼差しに時折たじろぐ。 「なめらかなくぼみ」という編では、「指先で溶けていくバターのようななめらかさ」のあるソファに体がしっくりとはまり、そうして一体化できるソファを主人公は恋愛や結婚より優先する。「マグノリアの夫」では、夫が白木蓮になる。その変容を通して、夫の役者としての人間離れした才能と、作家である妻の同じ表現者としての残酷さが、描かれる。 人間の草木とのラポール(共感的な交信)や一体化は、ひとの感受力や精神の暗がりを語る際に重要な役割を文学において担ってきた。それが実感される傑作短編集である。 [書き手] 鴻巣 友季子 翻訳家。訳書にエミリー・ブロンテ『嵐が丘』、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ1-5巻』(以上新潮文庫)、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(河出書房新社 世界文学全集2-1)、J.M.クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、『イエスの幼子時代』『遅い男』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』『誓願』(以上早川書房)『獄中シェイクスピア劇団』(集英社)、T.H.クック『緋色の記憶』(文春文庫)、ほか多数。文芸評論家、エッセイストとしても活躍し、『カーヴの隅の本棚』(文藝春秋)『熟成する物語たち』(新潮社)『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)『本の森 翻訳の泉』(作品社)『本の寄り道』(河出書房新社)『全身翻訳家』(ちくま文庫)『翻訳教室 はじめの一歩』(ちくまプリマー新書)『孕むことば』(中公文庫)『翻訳問答』シリーズ(左右社)、『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮社)など、多数の著書がある。 [書籍情報]『花に埋もれる』 著者:彩瀬 まる / 出版社:新潮社 / 発売日:2023年03月17日 / ISBN:4103319658 毎日新聞 2023年6月3日掲載
鴻巣 友季子