“毒親”がこんなに!? 今春の注目作から考える。子どもはいかに育つのか、いかに感性や存在を殺されるのか
ただ少年にとって幸いだったのは、貴瑚という理解者が現れたこと。自分も同じ経験があるからこそ、貴瑚は少年の心情、辛さ、傷や恐怖などに気付き、理解し、静かに寄り添えたのでしょう。無理にこじ開けるようなことをせず、ただ傍にいて安心させられるまで待つ。少年が貴瑚に心を少しずつ開いていく過程に、心が震えてしまいます。 そんな貴瑚を苦しめて来た、肝心の毒母を演じるのは、演技派・真飛聖さん。上手いからこそ凄まじく観る者を噴火寸前にしてくれます。その毒親ぶりたるや! 幼少期から男たちを家に連れ込んでは貴瑚を邪険に扱い、男との関係が上手くいかくなるとイライラを娘にぶつけ、暴力を振るい、ウサを晴らす。一転、突如、甘えるように猫なで声で娘を気まぐれに抱きしめたり。 高校生になる頃には、義理の父親の介護をすべて押し付けられた貴瑚は完全にヤングケアラー状態で、疲れ切ってボロボロ。母親から命じられるまま家族に尽くしても、罵倒され続ける貴瑚は、そんな状態に理不尽さも感じなければ、自己肯定感も完全にゼロになっていました。
死が頭によぎるほど絶望していた貴瑚を救ってくれたのは、かつての旧友(小野花梨)と、彼女の同僚のアンさん(志尊淳)でした。特にアンさんは貴瑚の無言の悲鳴に気付き、根気強く落ち着かせ、生きる価値があること、本当は素晴らしい人間であることを感じさせてくれるのです。そんなアンさんにも実は、秘密があって……。 二重三重のドラマが編みこまれた本作。彼らの優しさと相手への慈しみに満ちた会話に、ジワジワ涙が沸き上がります。なぜこの世の中は、優しく思いやりに満ちた彼らがこんなにも生きづらく、辛い思いをしなければならないのか――と深い悲しみに沈み込みそうにもなります。それでも人と人との繋がり、心の触れ合いに心が熱を帯びて震える――そんな作品です。公開中なので、是非、早目に劇場に駆け込んでください! 2024年/日本/2時間15分/配給:ギャガ 監督:成島出 出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨ほか ※52ヘルツのクジラたち 公式HP あり