《プライドを掲げて》我が道を極め続ける人たち 空羽ファティマ
カオスとも言える寮に満ちていた現代人が失っていた熱きエネルギー
吉田寮は、現存する日本最古の学生寄宿舎で、月額費用は寄宿料400円、水道光熱費約1600円、自治会費500円を合わせて驚くべき約2500円! 寮の前には【ここはひみつきち よしだりょう 年3万円 家具友達イベント付き】の看板。1913年建築の棟と2015年新築の棟の定員は約240人で、ノーベル物理学賞受賞の赤﨑勇さんなど多くの学者や文化人が青春時代を送ってきた。 自分たちのことは自分たちで決める「自治理念」で運営され、共同生活に必要なことは全員で分担し、大掃除や建物の補修なども自ら担う。「対等な立場」実現のため上下関係はなく、敬語を使わない文化が根付く。 大学側が「建物の老朽化が深刻」とし「新たな寮生を募集せず全員立ち退きを」の求めに寮生は反対し、話し合いによる撤回を求めるが溝は深く、裁判にまでなっている。 事なかれ主義の日本の中にありつつ自由を求める独立国みたいで興味深く、耐震の安全面を改善して〈京都の文化遺産の一つ〉としてぜひ存続してほしい。 吉田寮と熊野寮を訪れると昭和的空気が流れ、どこで寝るのも食べるのも語り合うのも自由という、人と人との境目がない暮らしに漂う食べ物のにおいや体臭やホコリ臭さ。キラキラのバブル時代に東京で10年暮らして疲れた私が、インドやサハラ砂漠で、深く息を吸えたのは、そこに生々しいほどの「人間の暮らし」があったからだ。 正直「ここはインド?」と思うほどカオスと言えそうだが、人間が生きてる形跡がリアルにあった。いいことも悪いこともある集団生活での人間関係のバランスをとりつつ、城を守ろうとしてることが肌で感じられた。 ほんの少ししか見てない部外者が生意気に多くを語るのは失礼だろうが、表面的な体裁を取り繕い、人と同じものを身につけて、みんなが望む言葉を使い、臭い物に蓋(ふた)をしてしまいがちな多くの人たちには“絶対に見えないであろう何か”がここにはあるのだろうな。それを美化したりするのも、またなんか違うのだろうけれど、「まだまだ日本は捨てたもんじゃないぞ!」と嬉しくなった。それを現代の若者たちが守ろうと必死になっていることが頼もしかった。来年秋に吉田寮でするキャメルンシリーズ朗読コンサートのチケット代は彼らの活動費に寄付しよう。読む本はここにピッタリの《自由》。本当の自由を求め、月と約束をした砂漠に住む男の話。 吉田寮を映画にした「ワンダーウォール劇場版」(アマプラで視聴可能)によると、大学側は老朽化問題だけでなく国の支援金を受けるために医学部の講義棟を寮の跡地に作りたいらしいが、「こんなボロくて汚い寮を……これだけ歴代の寮生たちが残そうと努力し続けてきたってことは……案外、ここには、《人間の幸福にとってすごく必要な何か》が、あるんじゃないか?という気がするんです。 寮の人にとってだけじゃなくて、もっと世の中の大勢の人にとっても必要な…わかんないですけど。多分、前の人たちも、それを伝えるために闘ってきてくれたんじゃないですかね? どうか、頑張ってください。頑張れるところまで」と、寮存続を応援する女性の言葉がズドンと私の胸に沁(し)み、キンキーブーツのローラに心のボタンを押されたような感じがした。