中村魁春『伊勢音頭恋寝刃』仲居万野 好きな男をとことんいじめる女【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
貢の怒りを爆発させるように
── ここからはお紺と貢の縁切りの場面となります。 魁春 ここはしばらく後ろ向きで聞いていますが、貢が「万野め」と言ったときにフーッとたばこの煙を吹きかけます。これもあまり早いうちから吸い始めると煙が芝居のじゃまになるので気をつけています。 ── 貢がついに業を煮やして帰ることになります。 魁春 お紺に愛想尽かされていい気味だとも思っているんですよね。 ── 皆は験直しで飲み直そうと出ていき、その場はお紺と阿波の侍たちだけになります。 魁春 その後、喜助が貢に渡した刀は阿波の侍の物だと分かり、刀も手に入ったし万々歳で。ところが思い出すんですよね。貢と喜助が主と家来筋の関係であることを。実はここ、ちょっと台詞が言いにくいんですよ。 ── 言いにくいというのはどういうことですか。 魁春 前段で万野は替わり妓を呼ぶために暖簾くぐって引っ込んだはずなのに、その後の喜助と貢の話をどこで聞いていたのかとなるんです。どこかで偶然に耳にしたのかもしれませんが。そこはもう芝居の流れでやっています。 ── 「えらいがなえらいがな」であわてて褄をとって櫛を胸元にしまって、貢を追って花道を走っていきます。 魁春 あれもよくある形ですよね。『魚屋宗五郎』のおはまも花道を行くとき櫛を胸元に入れます。落としちゃったらもったいない、そういう生活感、世話の感じが出ます。 ── 貢は、鞘が偽物で中身は本物の青江下坂の刀を偽物と思いこみ、再び油屋へ戻ってきます。そしていよいよ殺しの場面になります。 魁春 貢を追いかけて慌てて戻ってきた万野が、貢に「刀さえ返してくれれば打ってもいい」と言って、貢に刀で叩かれるのですが、その刀は本物の青江下坂なので、鞘が割れて万野は気づいたら斬られている。今回貢をなさる(松本)幸四郎さんは松嶋屋さんに教わってらっしゃるので、最後に行灯に手をかけて決まってから落ち入るのではなく、貢に口を塞がれて斬られてからは割とさっと息絶えて引っ込みます。 ── 万野は貢へ好意をもっているということですが、愛情表現としては相当に歪んでいますね。 魁春 仲居として働いているうちにお客として通ってくる貢をちょっといいなと思っていたのでしょうけど、絶対に相手にされないのはわかっているでしょうし。かなり年上ですしね。貢が25歳、万野が35歳くらいかなと思ってやっています。 ── 歌右衛門さんの台本や書き抜きに何かヒントはありますか。 魁春 父はそういうものに何も書かない人でしたからね。ただ、普段からの地の気持ちでやっていたんじゃないでしょうか。台詞さえ入れば言いたい放題言う役ですから、やりやすかったのではないかなと思いますね。 ── 先ほどこの万野を梅玉さんもやってみたかったということでした。立役が勤めることもあるお役ですが、女方が勤める万野ならではの特徴はどんなところでしょう。 魁春 女っぽさのある意地悪なところが出やすいかもしれませんね。立役が勤めると”強く出過ぎちゃいけない”という意識が邪魔しそうですが、女方の方が貢に対して思いきりいじめることができそうです。(尾上)多賀之丞さんの万野など、何度もなさっていて有名ですよね。 ── コロナ禍ではなかなか難しかった久しぶりの通し狂言の上演です。 魁春 よく上演されるのが「二見ヶ浦」とこの「油屋」の場ですが、そのクライマックスへと向かって行く筋立てや、客席を使った「追駈け」や、「太々講」など、普段ならあまり上演されない場面もぜひお楽しみにしてください。 ── しかし、いじめるという役どころ、楽しそうです。 魁春 そうかもしれません(笑)。ただ貢は万野に言われた言葉でどんどん怒りを感じ始めるわけで、最終的には怒りをカッと爆発させるようにしむけなくてはいけない。そうしないと物語が進みませんから。 ── 火に油を注ぎ続けるような……? 魁春 そうなんです。「こいつ何を言ってるんだろう」なんて思われる程度ではだめなんです。そこが難しいですね。 取材・文:五十川晶子 <プロフィール> 中村魁春(なかむら・かいしゅん) 1948年1月1日生まれ。六代目中村歌右衛門の養子となり、1956年1月歌舞伎座『蜘蛛の拍子舞』の翫才で加賀屋橋之助を名のり初舞台。1967年4・5月歌舞伎座『絵本太功記』の初菊、『忠臣蔵』の小浪ほかで五代目中村松江を襲名。2002年4月歌舞伎座『将門』の滝夜叉姫、『本朝廿四孝』の八重垣姫で二代目中村魁春を襲名。 <公演情報> 歌舞伎座「三月大歌舞伎」 【昼の部】11:00~ 一、『菅原伝授手習鑑 寺子屋』 二、 四世中村雀右衛門十三回忌追善狂言『傾城道成寺』 三、 元禄忠臣蔵『御浜御殿綱豊卿』 【夜の部】16:15~ 一、通し狂言『伊勢音頭恋寝刃』 二、六歌仙容彩『喜撰』 2024年3月3日(日)~3月26日(火) ※18日(月)休演 会場:東京・歌舞伎座