中村魁春『伊勢音頭恋寝刃』仲居万野 好きな男をとことんいじめる女【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
Q. 執拗に貢をいじめる万野、その心の内は……?
── 魁春さんが仲居万野を初役で勤められたのが2015年国立劇場でした。 中村魁春(以下、魁春) 「え、私が万野を?」と思いましたよ。ずっとお岸をやってきて、その後一度だけ兄(中村梅玉)の貢でお紺を勤めましたので、そのときも自分はお紺かなと思っていましたからね。そもそも自分の役ではないと思っていましたし。 ── 自分の役ではないというのは、いわゆる敵役のような役どころだからですか。 魁春 そうですね。遊女のお岸からお紺と勤めたら、普通はやらない役ですよね。ただ父(六世中村歌右衛門)が万野を何度か勤めていましたし、特に(二世中村)鴈治郎おじ様のときに父が万野で私がお岸をやっており、毎日父の万野を見ておりましたのでね。「おっかないな、ふだんの父と変わりないな」と思ったものです(笑)。でも面白いお役ですよ。父の五年祭(2006年)で今の松嶋屋さん(片岡仁左衛門)が貢のとき、実は兄も万野やりたかったらしいです。でも「幕切れを取る大事な役なのでぜひ喜助で出てほしい」ということで、その際は喜助を勤めていました。 ── 拵えからまずは教えてください。この狂言、登場人物たちの衣裳が皆涼やかで、また皆団扇を手にしていて、じわっと暑い伊勢の夏を感じさせます。頭はさっ笄(さっこうがい)という鬘ですね。 魁春 こういう茶屋の仲居などの役のときはたいていこれです。働いているので乱れにくいのもあるでしょう。顔の色はまっ白ではダメですが、砥の粉地(茶系の肌色)は弱めにして、千野とか他の仲居よりは少し綺麗めに明るくしています。顔も目張りは多少強めにしていますし、鬘のクリ(生え際)も丸くしないできつめです。もうね、形(なり)だけでもなんとか役に近づけないとね(笑)。万野は黒の明石という夏の着物が基本ですが、途中で着替える方もいます。私は父のやり方にならって最初の黒のままさせていただこうと思っています。貢が白っぽい絣なので万野との対比が綺麗ですよね。それにお紺、お岸も色彩が役柄に合っていると思います。裾は引いています。引かないと役が世話っぽくなるんですよね。この狂言は時代物ではないけれど、どこか時代っぽい雰囲気が必要なので。 ── 「秋の七草」の下座で、暖簾を分けて出てきます。 魁春 万野って貢のことが好きなんですよ。でもまるで相手にされていない。一方で貢は遊女お紺とは深い仲でしょ。だから嫉妬心があるんです。貢に久しぶりに会えたというのと同時に、どうせお紺に会いにきたのだろう、という思いがあって、ついねちねちと言ってしまうんです。 ── そもそもこの伊勢の古市という当時の一大観光地の茶屋の仲居というのはどんな立場なのでしょう。 魁春 今回はこの茶屋の女将さんなどは出てきませんが、まあ仲居頭ですから人を差配する仕事をしているのでしょうね。この万野は、祝儀をあげないと何もしてくれないような感じがします。 ── 貢がお紺はいないのかと問うので、「お紺は今日は芝居の初日で阿波の客と大坂屋でタテになる」というようなことを言います。 魁春 大坂屋の座敷に出ておしまいで、こっち(油屋)へは来ない、だから待っていてもしかたないよと言いたいのでしょうね。好いた男だけど、金にはならないからさっさと帰ってくれと。 ── 貢からすれば毎日来ているのだから、今日油屋で開かれる特別な舞の会くらい見てもいいじゃないか、と言います。 魁春 これも相手が万野でなければちょっとくらい見せてもらえたかもしれませんよね(笑)。万野からすればお紺には会わせたくないし、「一文にもならないお客はうっとうしいものじゃ」という台詞がありますが、あれが本音でしょうね。「酒も肴も山(品切れ)でござんす」と言いますが、これも本当かどうかもわからない。 ── 「それが嫌ならどうぞお帰り」と。とにかく意地悪です。 魁春 やっと貢が折れて替わり妓(かわりこ=代わりの遊女)を呼ぶとなったら、途端に機嫌がよくなるんです。金にもなるし、お紺との間を切りたいわけですし。 ── 「ようおいなんしたな」と途端に態度がよくなります。 魁春 現金ですよね(笑)。このあたり、貢はとにかく受ける側なので、万野がしっかり責めて、たたみかけるようにいじめないといけないんですね。