不思議で怖い「山の体験談」 夕暮れの森でアケビ採り… 遊び慣れた神社に戻ると「狛犬」にある異変が!?
筆者は山で不思議な「何か」によく出会うため、余程印象深いことでない限り、その出来事はすぐに忘れてしまう。しかし、子ども時代の山での不思議な出来事はどれも新鮮で、今でも一つひとつ鮮明に覚えている。今回紹介するのは、そんな筆者の子ども時代のエピソードの一つだ。 ■【画像】どこにでもある、その土地のお社や小さな寺院。日が落ち始めると独特の雰囲気をより一層強める「夕暮れの裏山」(写真をすべて見る)
■かつては海岸線に建ち、航路を見守ったワダツミ神社
筆者が小学生の頃の話である。 その頃住んでいたのは、瀬戸内海に面した昭和末期の小さな田舎集落。過疎が進んだこの集落は小さな山の上にあり、周辺の道路は未舗装路が多かった。 山の中腹にはワダツミ神社という小さな神社があり、子どもたちの遊び場になっていた。ワダツミとは、その名の通り海神を祀る神社である。神社の長い石段を下りると、そこはかつて海岸線だったといわれる細い砂利道に突き当たる。江戸時代初期は、砂利道を境に南側は海だったらしい。ワダツミ神社はその瀬戸内の航路を守る神として祀られていたという。しかし、江戸時代前期に藩策で神社の前の海は干拓され、海岸線は数km先に遠のき、今では神社はひっそりと森の中に埋まっている。 ある秋の日、ワダツミ神社に集合した筆者と友人は、アケビを採りに森に入った。ところがこの年の秋はアケビが少なく、数個しか採れなかった。あの時筆者と友人は意地になっていたのだろう。アケビを探しながら、いつもの山道を外れ獣道をたどり、森の奥の奥へと入ってしまった。
■「秋の日暮れ」気が付くとあたりは薄暗く……
「秋のつるべ落とし」といわれるように秋の日暮れは早い。特に山では太陽が山陰に入るとロウソクの火が消えたように急にあたりが暗くなる。 気付いた時には、あたりが薄暗くなっていた。まだお互いの顔がおぼろげに分かったが、すぐに真っ暗になるのは容易に想像できた。山の中で明かりも持たず、闇に包まれるのは大人でも恐ろしい。子どもであればなおさらである。何かが後ろから迫ってくるかのような恐怖を背中に感じながら、走って引き返し始めた。 しかしながら獣道のかなり奥まで入り込んでいたため、暗くなると帰路が分からなくなる。今振り返ると、よく遊んでいる山なので、知り尽くしているという慢心もあったと思う。道に迷ったらしく、いつもの山道になかなか戻れない。 ともあれ走っているうちに、運よくいつもの山道まで戻ることができた。あたりはほぼ真っ暗になっていたが、そこからは勝手知ったる山道。走りに走って、やっとワダツミ神社の裏にたどり着いた。 神社の境内に入ると、オレンジ色の光に目がくらんだ。アケビ採りで分け入った森は山陰で暗くなっていたのだが、神社のあたりはまだ夕焼けであった。それを見て一気に緊張がゆるみ、神社の狛犬の前でへなへなと座り込んでしまったのである。 しばらく座っていると息も整ってきて、心に余裕が戻ってきた。神社から自宅までは迷うことのない砂利の一本道だ。そして暗くなるまでにはもう少しある。筆者と友人は、採ったアケビを分け始めた。その時だった。 「おい!」 背後から野太い声で怒鳴られた。筆者は振り返ったが、夕日に照らされた社があるだけで、誰もいない。そして上からの視線を感じ、見上げて凍り付いた。 なんとそこには目玉だけ生目の狛犬が、目をむいてこちらを見下ろしていたのである。友人も狛犬に気付いて固まっていた。金縛りにでもあったかのように、動けないし、目もそらせない。 突然、狛犬の目がギロっと動いた。その瞬間、どちらが先かわからない叫び声を合図に、金縛り状態から解放され、転げるように駆けて自宅に逃げ帰った。その晩は誰にもそのことを話せなかった。なお苦労して採ったアケビは持って帰ったのか、神社に置いてきたのかはもう覚えていない。 翌日、学校帰りに友人と再びワダツミ神社を訪れた。正直怖かったのだが、昨日のことは夢か誠か、知りたいという好奇心が勝ってしまったのである。 神社に着いた筆者は、恐る恐る狛犬をのぞき込んだ。すると狛犬の目玉は石であった。全身石の狛犬である。当たり前といえば当たり前だ。では、昨日見た生目の狛犬は一体何だったのだろうか。 このワダツミ神社は江戸時代前期には海神の役割を終えている。しかしながらその後も300年以上、土地の守り神として地域を見守り続けてきた。そんな神様だからこそ、子どもたちに「早く帰れよ」と声をかけたのではないか。子ども心に怖い体験ではあったが、今思えば心温まる出来事であったと感じている。 野口 宣存(のぐち のぶまさ) 中国貿易や民泊業の経営などをしていたが、コロナを機にライター業へ転身。里山歩きやオフロードバイクでの林道旅、山水で淹れる珈琲が大好き。 北摂を中心に丹波、但馬、播磨、丹後、京都、近江、若狭が主な活動範囲。釣り歴も相当長いのだが、釣りだけは一向に上達しない。
野口 宣存