民主的で尊重し合う音楽づくりのあり方とは? Catpackに学ぶ三者三様な個性の「融合」
ムーンチャイルドのボーカル、アンバー・ナヴラン、ルイス・コールやサム・ウィルクスとの共演でも知られるLAジャズシーン屈指のピアニスト/キーボード奏者ジェイコブ・マン、ドクター・ドレーやジャスティン・ビーバーが信頼を置くプロデューサー、フィル・ボードローの3人がひっそりと製作して音源がリリースされ、そのプロジェクトにはキャットパック(Catpack)という名前がついていた。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 彼らは先ごろ、同名のデビューアルバムを発表したばかり。最大の特徴は作曲、編曲、録音、ミックスが「All Songs by Amber Navran, Jacob Mann & Phil Beaudreau」となっていること。リーダーもいなければ、ヒエラルキーもいない。制作のプロセスのすべては平等に行なわれている。 実際にはそれぞれが自宅で制作したデータをシェアし、それをもとに各自がアイデアを加えたりしながら作曲をして、曲によっては3人でスタジオに入って……というような感じだったようだ。口で言うのは簡単だが、キャットパックはその作業工程をものすごく巧みにこなしていて、最終的にアプトプットされたものはコラボレーションではなく、ひとつのユニット的なサウンドになっている。個の集積を超えた「融合」が感じられるのだ。 どこをどう聴いても誰か一人の楽曲には感じられないものではあるのだが、同時にそれぞれのキャラクターの強みも失われていない。アンバー・ナヴランに関してもムーンチャイルドとも明らかに異なるものになっているが、同時にアンバーらしさも感じさせる要素が随所に見受けられる。個を主張してはいないのだが、確実に個が滲み出ているのだ。そんな状況をこの3人は誰もが喜び、楽しみ、誇りに思っている。どこまでもお互いを尊敬し、尊重している。 ここまで民主的で、公平で、同時にそれらがクリエイティブにも直結しているプロジェクトは珍しい。こんな理想的なプロジェクトがどうやったら成立するのか。僕の疑問の中心はそこにあった。 * ―キャットパックが始まった経緯を聞かせてください ジェイコブ:僕とアンバーは長いこと知り合いで、フィルのことも少し知っていたんだよね。それで、僕とアンバーでパンデミックの最中になんとなく曲を一緒に書くようになって。僕がアンバーにビートを送ったら、彼女がそれを1つの曲に書き上げてくれたんだ。そんな風に何曲かを一緒に作って、その中の1曲をアンバーがフィルに送ったところ、すごく良い曲に仕上げてくれたんだよね。それで、彼にも曲を送ることに賛成して。彼が送り返してくれたものは、新しいレベルに押し上げるようなものだったから、じゃあ、すべての曲を彼にやって貰おうよということになって。そこから一緒にプロデュースするようになっていったんだ。知らず知らずのうちに、10曲ほど仕上がっていたという感じだよ。 一緒に音楽づくりをするのがとにかく楽しかった。お互いの友情がインスピレーションを与え合っている感じがしたし、音楽に対して全員が似たようなテイストを持っているようにも思えたんだよね。同じ音楽的言語やスピリットを共有しているとでも言うのかな。 フィル:ジェイコブが言った通り、僕たちは音楽的言語を共有していると思うし、一緒に作業をしていくうちに、それがどんどん確信に変わっていったんだ。だからこそ、このプロジェクトを進めることが出来たんだと思うし、“その先”を夢見ることが出来たんだと思う。これはアンバーのアイデアだったと思うけど、これを引っ提げてツアーに出ようという話になって。ワオ、それはいい考えだ、ってね。 ―すべての曲で、作曲のクレジットを3人の連名で併記しています。これはどんな感じで行なわれたのでしょうか? アンバー:曲によるかな。幾つかの曲はジェイコブのアイデアから始まったものだし、時には私がドラム・グルーヴを送って、そこから一緒にドラム・パートを書いたりね。一部のパートだけがあって、そこに他のメンバーが色々足したりして出来上がった曲もある。他の曲をリミックスしたことで生まれた曲もある。ただ、どんな形でも曲づくりの全てのプロセスがとてもクリエイティブなものだったし、それぞれが違う場所から始まったというのも、このプロジェクトを面白いものにしていると思う。 ジェイコブ:このアルバムに収録されている曲はどれも、「これはフィルの曲」「これはジェイコブの曲」「これはアンバーの曲」という風になっていないところがクールだと思うんだ。どの曲にもすべて、全員の声が反映されている。それぞれが違った場所からスタートしているかもしれないけど、一旦誰もが貢献できる位置に辿りついたら、その曲は個々では絶対に書くことができなかったものになっているんだ。このアルバムの最終形はコラボレーションによって生まれたものに仕上がっているんだ。 フィル:その通りだね。プロセスそのものがとてもオープンなものだったから、そこに触発されてまた何か足していくことへの刺激になっていたと思うよ。すべてのプロセスについてオープンであるという考え方があったから、曲を思いついて、それをどんな風に形にしていくかということについての決まりもなかったんだ。とにかく全員が、自分のアイデアに他のメンバーも積極的に関わるよう促していたし、彼らの声をきちんと拾うようにしていたんだよね。お互いをとても尊重していたし、とてもオープンな環境だったことが、3人の間に本当に固い絆を結ばせてくれたんだ。その信頼感が、僕たちをよりクリエイティブにしてくれたし、想像力豊かにしてくれたと思う。色々なことが起これば起こるほど、楽しみもどんどん増えていく感じでね。 アンバー:お互いのスキルを高めあえるような人たちと一緒に曲づくりをすることは、本当に楽しかった。制作の中で、そこがいちばん楽しめたところね。それに、これまで他のボーカリストと一緒に音楽を作る機会がなかなかなかったから、それもすごく楽しかった。 フィル:僕も同じだよ。 ―キャットパックの音楽を作るにあたって、決めた方向性やコンセプトはありましたか? フィル:アンバーとジェイコブが最初にコンセプトのようなものを思いついてこのプロジェクトが始動したから、この件については彼らの話をして貰うのが良いと思うんだけど、なにかしっかり決め事があったというよりも、メンバーの会話の中から新しい音楽がたくさん生まれて、それをクリエイティブな発想を土台にして構築していったという感じだったんじゃないかな。 アンバー:私はジェイコブとフィルが作る音楽の大ファンだったから、単純に一緒にやれることにとても興奮していたという感じかな。彼らの個性的なサウンドを土台にして、自分たちの音楽を作るということにね。このアルバムを聴いた人が言ってくれたんだけど、それぞれがやっているソロ・プロジェクトのサウンドの片鱗が散りばめられているけれど、それを3人が一緒にやることで、キャットパックのサウンドに上手く収まっているって。とてもクールだと思ったわ。他のグループでは同じ音は出せないと思う。そういう意見を聞いて、自分たちが正しい方向に向かっていると確信できた。 ―最初の時点からこういうものをやろうと思って集まったわけではなくて、一緒にやっていたらこういうサウンドになったということですね。最初の頃に想像していたものと、結果的に出来上がったものの間に何か違いはありましたか? ジェイコブ:最初の頃は、自分たちがどんなものを期待していたか誰も想像していなかったと思う。最初のゴールは、ただ、一緒に曲を書くということだけだったと思うんだ。それで、アンバーと僕で話し合いながら一緒に何曲か書いて、じゃあEPでも出そうかということになって。それからフィルが参加して、さらに何曲かできて、じゃあアルバム出そうかと。そこからライブもやろうよ、という話をするようになっていったという感じだね。言ってみれば、そういうプロセスを踏んでいくこと自体にインスパイアされて、音楽づくりの色々な違った方向性が見えてきたという感じなんじゃないかな。 フィル:期待という点については、良いところに触れてくれたと思うね。特に大きな野望を抱いて始めたわけではないし、実験的な意味での、実験だったという感じかな。とにかく、このプロジェクトがどこにいくのか見守ってみようという感じだね。そういう意味では、友だちと遊んでいるのと同じような感覚だったんだ。何が起こるか深く考えずに、とにかくそこに飛び込んでみることで、何か良いことが起こるという。思いもよらない結果に驚かされたりするしね(笑)。 ―具体的に、そうした思いもよらない結果が出た最良の見本はどの曲だと思いますか? フィル:真っ先に思い浮かんだのは「Midnight」だね。この曲は、最初から3人で一緒に作ったから。アンバーが素晴らしいビートの詰まったフォルダを作成して、その中から幾つかを選んで曲にしていくというやり方をしていたんだけど、この曲では3人で集まってジャム・セッションをして、それをジェイコブが持ち帰って色々な枝葉を付け加えたり、僕たちが一緒に書いたパートを取り込んだりして落としどころを探って形にしてくれたんだ。 ジェイコブ:聴く度に驚かされたのがアンバーとフィルのバック・ボーカル対決だったんだ(笑)。フィルが素晴らしいバック・ボーカルのパートを吹き込んだら、アンバーがまた素晴らしいバック・ボーカルを歌ってきて、それが2人の間で行ったり来たりしてね。でも最後には、どの曲もバック・ボーカルが本当に瑞々しくてクレイジーで素晴らしいものに仕上がっていたよ。僕は本当に歌わなくて良かったと思ってる(笑)。 アンバー:フィルがジェイコブと一緒に受けたインタビューで言っていたけど、お互いのアイデアについて“ノー”と言ったことは一度もないって。それが、このプロジェクトが遊び心に溢れていて、とても楽しかった理由のひとつだと思う。もちろん、それぞれが出したアイデアをすべて採用できた訳ではないけど、このアルバムづくりへと導くアイデアはすべてやってみようと試みた。それこそが、そうしたアイデアに身を任せることで、自分たちの着地点に到達できたという、美しい見本そのものだと思うの。