民主的で尊重し合う音楽づくりのあり方とは? Catpackに学ぶ三者三様な個性の「融合」
3人が引き出し合った遊び心
―今回、アンバーはホーンをあまり使っていないですよね。使用する楽器や機材に関してはどのように決めたのでしょうか? アンバー:分からないけど、コラボレーションが功を奏したって感じかも。私にとっては、ジェイコブのファンキーで個性的なサウンドが大好きだから、それに合った楽器を選んだ。それに、サビの部分で彼のサウンドを真似てみたかったというか。サビは私に書かせて、と言ってジェイコブのサウンドっぽいものに挑戦してみたの。彼の持つヴァイブはすごくクールだから。それをジェイコブに渡して、彼がとても美しいものに仕上げてくれて、そこにフィルが入ってくることでより美しさを増した曲になっていった。だから、私はその瞬間に湧いたインスピレーションで、楽器を選んでいたと思う。これまでにも色々な音楽を作ってきたから、どの楽器を選ぶかというのは本当に自然な流れでやっていた。自分たちが作ったものをお互いに交換しあったり、お互いからインスパイアされたりすることでおのずと楽器を手にしていたというか。それに、さっきジェイコブも言っていたけれど、フィルのバック・ボーカルを聴いて、ああ、ダメだ(笑)、自分ももっとステップアップしなきゃ、もっと新しいことに挑戦しなきゃって思ったの。お互いに刺激を受けてそれを自分に取り込むという感じだった。 フィル:僕は使えるものは全部使ったっていう感じかな(笑)。持っているものを全部引っ張り出して。でも、ヴァイオリンは弾いてなかったと思う。トランペットは入れたね。アンバーがすごく良い感じのフルートを吹いたパートがあったから、そこに本当に微かな感じでトランペットを乗せたんだ。60年代と70年代のサウンドのコンボみたいな感じでクールになったと思うよ。それと、ベースも少しと、キーボードも少し。でもジェイコブがすべての曲に関してしっかりとした土台を敷いてくれていたから、その邪魔はしないようにね。あとは、とにかく自分の声でできることをすべてやったよ。必要なのは声だけ、歌だけに集中する方がいい、という曲もあったから。 ジェイコブ:僕の場合は、Roland Juno-106シンセサイザーだね。おそらくアルバムの99パーセントで使っているよ。これが僕が使った唯一の楽器なんだ。デモを作る時に使ったウーリッツァーが唯一他に使った楽器で、アンバーがそれをサンプリングしたんだ。僕は彼女がそのパートを見つけ出すとは思ってなかったし、サンプリングするとも思ってなかったんだけど、彼女がそれを見つけて「Rainbows」に取り入れて、すごく良いビートを作り出してくれたんだよね。それが唯一、僕が他に使用した楽器かな。そういえばフィルのキーボードもある1曲でちょっと演奏したと思うけど、99パーセントはJunoだね。 ―今回はジェイコブのJunoが全体的にもかなりインスピレーションを与えたという感じでしょうか。 フィル:うん、かなりね。あの“ミャ~オ”サウンドといい(笑)。 アンバー:“ミャ~オ”サウンド!(笑)。 フィル:ジェイコブがJunoを通して語りかけてくるアイデアはとても個性的で、彼の人柄がそれを通して伝わってくるんだよね。とてもインスピレーションを与えてくれたよ。 ジェイコブ:この独特の猫の鳴き声のようなサウンドを幾つかの曲で使うことで、“猫”というテーマに辿りついた感じはあるね。僕のキーボードを使った遊び心や、僕のお気に入りの使い方を受け入れてくれる人たちと一緒に音楽を作れることは嬉しいことだね。 アンバー:あなたの音楽的ユーモアセンスはいつでも最高(笑)。だから、バンドの一員として実際にリアルタイムでそれを目の当たりにしたのは嬉しかった。 ジェイコブ:それは嬉しいね。 ―では、特にすぐできた曲と、特に制作が複雑だった曲があれば教えてください。 フィル:僕にとってはすべての曲が複雑だったけどね(笑)。その上で、今度はそれをライブで演奏した時に良いサウンドになるように考えていったんだけど、その時点では追いつくのに必死だったよ。個人的には、とにかく自分の歌のパートをしっかりやって、トランペットのパートをしっかりやって、自分がメインで弾いている楽器ではないギターも少し弾いて……という感じで、すべてが僕にとっては挑戦だったんだ。 アンバー:曲づくりに関して言うと、すぐに書き上げたのは「Walk Away」。ジェイコブのビートを聴いて、それを何時間か繰り返し聴いているうちに曲ができて、その日のうちにジェイコブに送り返したんじゃなかったかな。あの曲は本当にすぐにできた感じだった。書き上げるのがいちばん大変だったのは「Never Knows」(※アルバム未収録)。この曲のためにたくさんパートを作っていたんだけど、最終的には全部捨てて、ドラムとボーカルだけをジェイコブに送った。ジェイコブが隙間を埋めてくれて、とても美しい曲にしてくれたの。それでも、自分ではボーカル部分に納得がいっていなくて。それで、フィルが参加して、そのボーカルを全部亡きものにしてくれたの。この曲をあなたたち2人に任せて本当に良かった。 ―レコーディングに関してもすべての曲が3人の連名でクレジットされています。どのように録音が行われたのでしょうか? ジェイコブ:時間の経過と共に変化していった感じはあるね。僕らの良いところは、曲づくりとレコーディングが同時進行で進んでいったところなんだ。気に入るようなパートを思いついたら、よし、じゃあこの曲をレコーディングしてみようという感じで、その曲を作り上げていったんだよ。だから、それこそたくさんのメールでファイルをやりとりして。そういうやり方で1~2年が経った頃に、フィルのスタジオに集まって曲づくりとレコーディングを同時に進めるようになったんだよね。2023年、2024年はたくさんのファイルをやりとりして、自由な発想のアイデアを出し合って、それがもし気に入らなければただデリートキーを押せば良かったんだ。 ―どの曲はファイルでやりとりして、どの曲は実際にスタジオで一緒にレコーディングしたのですか? ジェイコブ:一緒にスタジオでレコーディングしたのは「Midnight」だけど、他の曲はすべてファイルのやりとりから始まっている。でも、最終的にはすべての曲をスタジオでみんな揃って完成させたんだ。それぞれの曲が、まずそれぞれの家で個々に始まって、スタジオで3人で完成させたというのがとても良いよね。スタジオでレイヤーを足したり、ホーンセクションを足したり、他にも色々なものを足したり、一緒に聴いてみたり。そこからフィルに託して、アルバム全体に素晴らしいミックスを施してくれたんだ。それに対して僕とアンバーがまたインプットしたりね。完成に向かって、全員揃って制作に携われたのはとても良かったよ。 ―アンバーに質問ですが、ムーンチャイルドも3人組で、3人共同で作曲を行っていると思います。製作過程においてムーンチャイルドとの違いがあるとすればどんなところですか? アンバー:コラボレーションによるプロセスを踏むという点においては、とても似ていると思う。ただ、そこに参加しているミュージシャンの個性が違うということ。だから、作る音楽が異なる方向性に進んで行くし、それがまた違った楽器やサウンドへと繋がっていく。3人組で音楽づくりをするのが私はとても好きなのは、もし2人が曲づくりのスランプに陥ったとしても、もう1人が何か優れたアイデアを出してくれたりするから。音楽づくりに関しても、それ以外にレコードのリリースに関してもやることがたくさんあるけれど、3人いればお互いをフォローしあえるし、仕事も分担できるのがいい。とにかく、私はコラボレーションするのが大好きで、誰か他の人の意見を聞くのは私にとってとても楽しい経験。 ―3人で制作をすることで、自分に関して引き出されたものがあるとしたらどんなものだと思いますか。 アンバー:私にとっては、やっぱり遊び心。フィルが前にも言っていたけれど、こうした遊び心を今後他のコラボレーションワークでも発揮していけると思うし、自分のソロに関しても、遊び心があればもっと楽しいものになるんじゃないかなって思う。 ―それを象徴する曲はありますか? アンバー:そうね……とにかく、私はフィルとジェイコブが、既にあったアイデアにどんどんレイヤーを足していくのを見ているのが本当に楽しかったの。私とジェイコブが一旦手放したものに、フィルがギターの一節だったり、シンセのかけらだったり、そんなものを足していくことで、すごくクリエイティブで遊び心に溢れたものになっていったりね。それに、ジェイコブがPocket Pianoをいじっているのを見るのもすごく楽しかった。私もPocket Pianoを長年使っているけど、ジェイコブは私がこれまでに出したことのないような音をパパッと作っちゃう。私もよく知っている楽器で遊んでいる姿を見るのは本当に楽しかった。そんな遊び心にとてもインスパイアされた。 フィル:正直なところ、クリエイティブな環境に身を置くことで脆くなったり傷つきやすくなったりするんだけど、2人の優しさや、オープンで受け入れる姿勢のあるこのグループのお陰で、自分のアイデアを人に託す勇気が少し湧いてきたような気がするんだ。相手を信用する勇気は、きっと他の仕事にも活かせると思う。ちょっとおかしなアイデアや、相手に驚かれるようなクレイジーなアイデアも投げかけてみようと思えるようになったし、プレッシャーから解放されて、とにかく何が起こるか、どんなのものになるのか静観してみようという気持ちになれたんだよ。コラボレーションにおいて相手への信頼感を手に入れることができたんだ。 ジェイコブ:バンドのメンバーがお互いをリスペクトし合っていることが、自分のアイデアを伝えたり、他の人とはやらないであろうことを試したりできる環境を作り上げてくれている。そのことは、僕にとって大きなメリットだったんだ。 --- キャットパック 『Catpack』 発売中
Mitsutaka Nagira