首都圏と八ヶ岳で二拠点生活をする「上野千鶴子」が初めてプライベートを綴ったエッセイ集(レビュー)
上野千鶴子さんの山暮らしエッセイという取り合わせを意外に感じ、思わず本屋で手に取った。肩に力のはいらないほのぼのとした文章で山暮らしの魅力がつづられる。 三十年前に友人の家でひと夏過ごしたことから八ヶ岳南麓暮らしにはまり、土地を購入、注文住宅を建築し、生活の軸足が首都圏賃貸から移ったという。寒いけれど明るい冬の暮らしの魅力に酔いしれ、薪ストーブの暖かさや井戸を掘削してくみ上げた水のおいしさに感動し、虫との戦いに悲鳴をあげ、地域の住民とのふれあいを楽しむ姿が目に浮かぶ。一方でアクティブな一面のある上野さんはスキーや登山に通いつめ、BMWのオープンカーをかっ飛ばして覆面パトカーのご厄介になったこともあったそうだ。へえ、こんな人だったのかと、高名な学者の人間臭さがうかがい知れるところも面白い。 二十年余りの二拠点生活をコンパクトにまとめた本なので、時間の移ろいがぎゅっと凝縮しており、時折はっとさせられた。六十代で移住してきた友達もいつのまにか齢を重ね、地域活動も縮小し、カップルだった世帯もいつの間にかおひとりさまになっている。でも、孤独への耐性さえあれば、住民たちが支えあう田舎暮らしは、むしろおひとりさまに適しており、逆に魅力を増す面もあるようだ。時間の経過や加齢とともに土地の魅力が再発見されてゆくところに本書の奥深さがあると感じた。 不思議な距離感をたもちながら土地や人への愛着が静々と語られるので、要はこれは上野さんから八ヶ岳南麓へのラブレターなのだと読みながら感じ入っていたのだが、案の定、一目惚れして一緒に暮らした相手が想像以上に魅力的でおトクな気分になった云々とあとがきに記されていた。やはりそうだったか。ストレートに愛情がダダ洩れなところが何より素晴らしい。山口はるみさんのイラストの佇まいにも目を吸い寄せられる。 [レビュアー]角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家) 1976年、北海道生まれ。ノンフィクション作家、探検家。早稲田大学探検部OB、元朝日新聞記者。著書に『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』『アグルーカの行方』『探検家、36歳の憂鬱』『探検家の日々本本』『旅人の表現術』など。近著『漂流』は自身の体験ではなく沖縄の猟師の人生を追い、新たな境地を開く。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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