「トランプ2.0」と対峙する習近平主席の苦悩、古典的な経済外交もパンダ外交も機能しない今、大打撃を受ける恐れも
(柯 隆:東京財団政策研究所主席研究員) ■ バイデン政権の政策転換が“転覆”すれば株価大暴落も 【写真】楽勝の大統領選挙、勝利宣言で怪気炎をあげるトランプ氏 アメリカの大統領選は事前の世論調査結果に反して、トランプの楽勝だった。この予想外の結果を受けて、世界主要株式市場も大きく動いた。特に東京とニューヨークの株価は高騰した。ひとまず市場はトランプの当選を好意的に受け止めたとみていいだろう。 むろん、前政権時を見ても、トランプは優れた政治リーダーとは言えなかった。それでも、アメリカの選挙民がトランプに再び投票したのはChange(変革)を期待しているからであろう。 仮にハリスが当選した場合、それは民主党政権の継続性が期待されたのであろうが、トランプが当選したため、これまでのバイデン政権の数々の政策は継続されず、大きく転換する可能性が高い。この政策転換の可能性こそ株価を押し上げているが、転換が“転覆”になった場合、株価が大暴落するリスクも孕んでいる。 トランプ政権においてもっとも安心できないのは、彼の不規則発言である。政治指導者の発言のアナウンスメント効果はときには実際の政策よりも破壊力が強い。トランプの不規則発言がアメリカだけでなく、世界を大きく翻弄すると心配されている。 2期目のトランプ政権「トランプ2.0」を展望する前に、まず1.0を振り返った方がいい。 トランプという人はアメリカファーストを信奉するビジネスマンだったため、国際感覚を大きく欠いている。だからこそ、1.0においてアメリカが提唱して成立した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱してしまった。もともとTPPは中国に国際商取引ルールを守らせるための枠組みであり、アメリカの離脱により事実上、頓挫した。
■ 中国カンフー「酔拳」に似ているトランプ流の政治手法 大統領選挙の前に、中国国内で発表されたさまざまな論考を読むと、明らかにハリス政権の誕生が期待されていた。ハリスの民主党政権がバイデン政権の政策を継続し、少なくとも対話を続けてくれるだろうと北京は期待していた。したがってトランプの当選は北京にとって予想外の結果である。 振り返れば、そもそも中国に対する制裁を最初に発動したのはトランプ1.0のときだった。いきなり貿易不均衡が問題にされ、制裁関税が発動されただけでなく、中国のハイテク企業「中興」(ZTE)とファーウェイを制裁し、カナダ当局に要請して、ファーウェイのCFO孟晩舟を拘束した。これが米中対立のスタートとなった。 もちろん今の国際情勢は当時とは大きく変わっている。ロシアはウクライナに侵略した。パレスチナのテロ組織ハマスはイスラエル人を拉致した。それに対して、イスラエル軍はハマスの本拠地のガザ地区に対する掃討作戦を展開しているが、この戦争は長期化する様相を呈している。 それに加え、習近平国家主席は演説するたびに、台湾を統一するために武力行使も辞さないと明言している。東アジアの地政学リスクも日増しに高くなっている。 トランプ2.0にとってアメリカファーストだけでは、アメリカの繁栄は実現できない。重要なのはアメリカがいかにして国際協調を図るかである。トランプの目の前に立ちはだかるのはアメリカの国際政治学者が命名した中ロとイラン、北朝鮮の「悪の枢軸」である。トランプは常套のディール(取引)戦略で戦争を終わらせることができるのだろうか。 トランプは選挙戦の際、台湾に対して「守ってほしければ、お金を払え」と発言した。そして、アメリカの半導体技術が台湾に盗まれたとも主張している。このままいったら、アメリカ、日本、オランダ、台湾、韓国からなる「半導体同盟」が崩れてしまう可能性すらある。 トランプ流の政治手法はなんとなく中国カンフーの「酔拳」に似ているように見える。酔っぱらっているように見え、敵と戦っても勝ちそうもないが、不意に相手の要所を一撃する。トランプ一人で戦っているなら問題はないが、同盟国の政治指導者は「酔拳」の戦い方など知らないため、困った結末になってしまう。