【ドキュメンタリー】58年 無罪の先に-袴田事件と再審法- 世紀を超えた冤罪事件が問いかけるもの#4
無罪報告集会 その時、巖は…
3日後。 支援者などに無罪を報告する集会が開かれた。 ただ、弁護団事務局長の小川は「重要な証拠を、死刑になるような事件で隠していたということ。そして、嘘をついていたということ。それって簡単に終わらせる問題じゃないでしょ?」と捜査機関への不信感を滲ませる。 一方、ひで子は「みなさま本当にいろいろありがとうございました。無罪を勝ち取りまして。家に帰って巖には明日言うか、明後日言うかと思っていたんですが、(巖が)風呂に入ったあとくつろいでいたので、そのまま『いま帰ったよ』と言って、目を見て『無罪になったよ。あんたの言う通りになったよ』『あんたの手紙の通りになったよ』と言ったんですが本人は何とも反応いたしません。(判決)翌日の新聞を全部買いまして、『無罪』と書いてある、と。新聞をずっと見ても、やっぱり言葉は発しない。物を言えないわけではないが、何を言っているかわからないが、『ありがとう』とぜひ言わせてあげたい」と報告。 そこに巖が支援者と共に遅れてやって来た。 判決当夜、ひで子の言葉には反応のなかった巖。 だが、この日ははっきりとした口調で「待ちきれない言葉でありました。無罪勝利が完全に実りました。完全に全部勝ったということで今日はめでたくみなさんの前に出てきた」と述べ、ひで子に促される形で「ありがとうございました」と結んだ。 (テレビ静岡)
テレビ静岡