「国境通信」アインの妻が妊娠 生まれてくる子供の未来は 川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録#6
2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。 【写真で見る】アインとサンディ夫妻 マタニティフォト その農園でリーダー的な存在の避難民・アインの妻が、妊娠した。聞くと、ずっと子供を望んでいたのだという。ふたりは、様々な困難が待ち受けていることを分かった上で、逃れた先で子供を育てる決断をしたのだった。
夫婦で逃れてきたアイン 聞けずにいた子供の話
アインは、妻のサンディ(仮名)と2人で2022年3月にこの地に逃れてきた。年齢は私より少し若い40代前半。アインの妻も同じ年代だ。農園を訪れるたびに新しいメンツが増えているように感じるのだが、その多くはアインを頼ってミャンマー側から逃れて来た避難民の家族たちだ。中には幼児から中学生くらいの子供も含まれていて、親身になって世話する姿からは、アイン夫婦が子供が大好きな様子が伝わってきた。しかし、彼ら自身には子供はいないようだった。日本でも同じだが、このことについては2人にしかわからない事情があるし、他人が軽々しく質問すべきではないだろうと考えていた。 一方で、2人は私に対して「結婚しているの?子供はいる?何人?2人?何歳と何歳?男の子?女の子?」と躊躇なく質問をぶつけてきたので、「そこまでデリケートにならなくてもいいのかな」と感じたこともあった。それでもなんとなく気が引けて、その話題は避けるようにしていた。
「妻はお酒が好き でも今は飲めないんだよ」
農園で働く避難民たちのランチは、ほとんど毎日、サンディが家から鍋やタッパーにいれて運んでくる手料理だ。タイミングが合えば、私も一緒にいただく。当初は、アインからいくら誘われても断っていた。人道支援を必要としている人たちから食事をごちそうになるということに、どうしても違和感があったのだ。しかし、断るたびにアインが悲しそうな寂しそうな表情を浮かべるので、「むしろ断ることで彼らを傷つけているのかも・・・」という気がしてきて、最近は一緒に食べるようになった。そんなランチの場は、じっくりと彼らと話す機会でもある。 ある日、なんの話をしていた時だったかは忘れたが、アインから「お酒は好きかい?」と聞かれた。実のところ私はかなりの酒好きで、家族からは飲み過ぎをしばしば、真剣に咎められるほどだが、国境地帯を拠点にするようになってからは控えていた。いや、全く飲まないわけではなかったが、少なくとも控えめにはしていた。そのようなことを話すと、「私は飲まないけど、妻は本当はお酒が好きなんだ。でも今は妊娠中だから飲めないんだよ」とさらりと言った。私は驚いて、しばしアインの顔をじっと見つめてしまった。「妊娠?君の妻が?」「そうだよ」アインはニコニコ笑いながら平然と答えた。