【機能不全に陥ったタイの経済復活】保守派と軍部にコントロールされるタクシン一族の前途多難
しかし、タクシン元首相の選挙の際のウリは、この様なばらまき政策が基本であり、完全に諦めるとは思えない。その一方で、タイが直面する、労働生産性の低さ、経済の多様化が進まない問題、高齢化社会、そして、高い家計債務という深刻な問題に対応する兆しはほとんど見えない。 問題を抱えているタイを表向きはペートンタン首相が対処し、タクシン元首相が舞台の袖から操るが、二人とも、支配層の手のひらの上にいる。タクシン元首相の一族とタイ貢献党は、(ばらまき政策で)選挙での最大の優位を得ようとし、他のことは無視しようとする、残念な誘惑に駆られるだろう。 タイは、民主的に選ばれた勝者が政権を担い、邪魔されずに統治することによってのみ繁栄するであろう。 * * *
コントロール下にある民主化勢力
このFT紙の社説は非常に正鵠を射ている。2006年のクーデターで追放されたタクシン元首相は、首相在任時に30バーツ健康保険制度(30バーツ≒128円支払えば、国公立病院を利用出来るという制度で患者が殺到して医療体制が崩壊の淵に追い込まれた)等のバラマキ政策で貧しい層の圧倒的支持を得たのであり、昨年の選挙で政治改革を訴える前進党に最大議席を奪われたことに対して、「デジタル・ウォレット」のような得意のバラマキ政策で最大議席の奪還を画策したとしても驚かない。 長年、タクシン元首相は民主化を求める層と貧困層の支持を得ていたが、前者は、前進党に代表される新興民主化勢力に徐々に奪われ、特に、今回、タクシン元首相の帰国と引き換えにタイ愛国党が保守派・軍部と連立を組んだことにより、民主化を求める支持層は決定的に離反したのではないだろうか。従って、「デジタル・ウォレット」を強行しても第1党を奪還するのは難しいかも知れない。
タクシン元首相の側近だったセター首相が解任され、末娘のペートンタン氏が首相に任命された事情は、このFT紙の指摘の通りと思われる。セター首相が言い掛かりの様な理由で裁判所に解任されたのと同様に、ペートンタン氏を首相にしておけば、保守派・軍部は、何時でも裁判所を使って同氏を罪に問うことが出来る。 父親のタクシン元首相も不敬罪の裁判を抱えており、保守派・軍部は、裁判制度を利用してタクシン一族をコントロールしようとしている。保守派・軍部は、この社説の標題の通り裁判制度を利用して若年層を中心とした民主化勢力をもコントロールしようとしている。「法律戦」というのは、こうしたやり方を指してそう呼んでいる。
真の民主化なければ、繁栄はない
この社説が指摘する通りタイ経済は、不振が続いている。セター前首相が努力した外国からの投資の促進が必要な事は間違いないが、少子高齢化のためタイの市場の魅力は着実に落ちているように思われる。 社説が指摘する通り、このままではタイが「中進国の罠」から脱するのは難しいと思われ、真に民主的に選ばれた代表が政治を担わなければタイは繁栄しないであろう。過去には民主化勢力に対して軍事クーデター等の暴力で対抗した保守派は、「法律戦」に手法を変えて引き続き、彼等に都合の良い様にタイをコントロールしようとしている。
岡崎研究所