切なすぎる! 出産してすぐ愛人に殺された、光源氏の妻「葵の上」の“悲運”とは
■死の間際に初めて見せた妻のいじらしさ 久方ぶりの訪いで、光源氏は葵の上を妊娠させた。つわりが酷く、苦しむことが多くなった妻の姿を見て、さすがの光源氏も彼女のことを愛おしく思えるようになっている。 葵祭において、六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の牛車を葵の上の従者が押しのけた際、彼女が従者たちを静止しなかったというのも、車中でつわりに苦しんでいたからと思えてならない。それにもかかわらず、御息所に恨まれて、生霊となって葵の上を苦しめ、挙句、呪い殺されてしまったというから、何とも不運である。 死の直前、夫・光源氏を見つめる妻・葵の上の眼差しの描写が、なんとも印象的であった。その情景は、『源氏物語』葵の巻に記されているので、今一度、見直していただきたい。「常よりは目とどめて見出だして臥したまへり」というのがそれ。 閨(ねや)から立ち去ろうとする夫の後ろ姿を、わずかに身をもたげるかのように、愛着を込めてじ~っと見つめながら見送ったようである。それまでの冷めた視線とは打って変わった情愛の眼差し。 死の間際に初めて見せた「いとらうたげ(いじらしげ)」で、「あやしきまでうちまもられたまふ(じっと見守らずにはいられない)」ような姿を目にした光源氏が、初めて、妻に心底、労りたいとの思いを抱いたのである。 これが見納めとでも思ったものか、その時の彼女の目には、うっすらと涙を浮かべていたに違いない。その直後に容体が急変。ついに帰らぬ人となってしまったのである。 死に臨んでようやく夫と心を触れ合わすことができた妻。その儚さは、なんとも表現し難い。 心冷たき女性と思われがちな葵の上も、その実、夫と心を通わせたかったと密かに願い続けていた、普通の心暖かき女性であった。品格と堅苦しさが邪魔をしたがゆえに、心の内をさらけ出すことのできなかった儚い女性。全ては彼女の不器用さが、自身を不幸にしてしまったのだと思えてならないのだ。 彼女が悲運だったのは、単に呪い殺されたからというだけではなかった。自らが素直になりきれなかったことから、夫にも誤解され続けていた、それこそが悲運というべきであった。 画像出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
藤井勝彦