コーヒーで旅する日本/四国編|日常目線の店作りで広がった人の縁。お客の数だけ楽しみがある稀有な憩いの場「14g」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】店が入る同ビル内には、元チャットモンチーのaccobinによるイベントスペース・OLUYOもあり、コラボイベントも開催 四国編の第22回は、徳島市の「14g」(ワンフォージ―)。徳島の人気自家焙煎コーヒー店・アアルトコーヒーの姉妹店として2014年にオープン。市内中心部の商店街にあって、看板もなく、ひっそりと開かれた空間は、知る人ぞ知る存在だ。当初は、本店のカフェスペースとして始まったが、今ではコーヒー豆、焼菓子の販売に加え、幅広いアイテムがそろうセレクトショップの趣に。さらに個展やイベント、ライブの会場として、多くの人が集う交流の場となっている。時々に形を変えながら10年、店主の庄野さんが大切にしてきた、この店の拠り所とは。 Profile|庄野えつこ(しょうの・えつこ) 1977年(昭和52年)、香川県生まれ。会社員を経て、結婚を機に徳島へ。2006年に、夫の雄治さんがオープンしたアアルトコーヒーを共に切り盛りし、2014年から姉妹店の「14g」を担当。当初はカフェとして始まり、現在はコーヒー豆、焼菓子のほか、服や食料品などの販売、イベントやライブも開催する多彩な顔を持つ場所として、幅広い世代から支持を得ている。 ■商店街にひっそり開いた“看板のないお店” 徳島市街を流れる新町川の西側、かつて市内一の繁華街として知られた東新町商店街。いまや閑散とした通りからモダンなビルの2階に上がると、テラスに面した大きな扉から温かな明かりが漏れる。看板も何もなく、ひっそりと開かれた空間が、一見して「14g」だとは気づかないだろう。かつてに比べて随分と寂しくなってしまった商店街の脇にあって、「よくこんな場所まで足を運んでくださって、ありがたいなといつも思います」とは店主の庄野えつこさん。徳島の人気ロースター・アアルトコーヒーの姉妹店として2014年にオープン。「14g」という暗号めいた店名も、「コーヒー一杯分に使う豆の量なんです」と聞いて得心した。 当初はカフェとして営業していたが、現在はテイクアウトのみ。コーヒー豆、焼菓子の販売に加えて、食品や書籍、文具、服飾まで幅広いアイテムが並ぶ店内は、どちらかというとセレクトショップの趣。コーヒーショップの姉妹店とは、言われなければ気づかないだろう。このユニークな店のスタイルは、えつこさんのライフスタイルの変化と共に、7年の間に表情を変えてきた。遡れば、2006年に夫の雄治さんがアアルトコーヒーを開業したとき、えつこさんは育児の真っ只中。当時は裏方の仕事を主に担っていた。その後、アアルトコーヒーの移転に伴い、カフェスペースがなくなったことで、お客からの要望に応えてオープンしたのが「14g」だった。 「14g」の開店には、界隈でもハイセンスなビルとして知られる、このビルとのご縁も大きかったとか。同ビル内でブティックを手掛けるオーナーは、以前からアアルトコーヒーで豆を買いに来ていた常連の一人だった。「大家さんは、ビルの中にいろんなお店や人が出入りするのが何より好きな方で、出店を誘われたのがきっかけ。ヒラオカビルといえば、地元ではお洒落なイメージで通っている場所で、うちみたいな店でもいいのかなと思っていたんですが、とても喜んでくださって」とえつこさん。同じフロアの向かいには、ビル竣工時から続く喫茶店があったが、同業にも関わらず快く迎えられ、今ではアアルトコーヒーの豆を仕入れる店の一つになっている。 ■幅広いアイテムに通底する日常目線のセレクト 「14g」のオープン当初は、店内で自家製パンも焼いていて、サンドイッチやプレートランチなども提供していたが、今はコーヒーと焼菓子の販売がメイン。豆は、定番のアアルトブレンド、アルヴァブレンドに加え、「14g」オリジナルのブレンドの3種をそろえる。14gブレンドは、中煎りのアアルト、深煎りのアルヴァの間を取った中深煎り。これだけは発送もしていないので、まさに、ここに来ないと出合えない特別なブレンドだ。もちろん店では豆の購入も可能。しかも、アアルトコーヒーでは創業以来、いずれも200グラム900円の設定を貫いている。20年近く一度も変えていないというから驚かされるが、ここに店のモットーが体現されている。 「日常的に飲める手ごろさを保ちたいので、種類が違ってもすべての豆が一律で、器具もできるだけ手に入れやすいものを使っています。店内用にカップで提供するときは、結構まけまけ(いっぱい)に入れます(笑)。ゆっくりしていってほしいので、“たっぷり入ってるから気をつけてね”、と一言さりげなく伝えています」と、えつこさん。焼菓子もまた然りで、かしこまっていただくものではなく、自然に手が伸びる気軽さを目指す。「キッチンの側にちょっと置いてあるような、飾らないおやつという感覚。学生さんでも気軽に買えるものにしています」 また、「14g」で販売されているのは、庄野さん夫妻が日常で使っているものを基準にセレクト。「トラベラーズノート」の手帳、照井壮さんなど作家の手になる器や道具、洋服や靴など、どのジャンルであれ、普段使いで長く使い続けられるアイテムを紹介している。「実際に使って、自分が実感を持てるものをすすめたいですから。そもそもはコーヒーショップなので、販売しているアイテムは、皆さんへの紹介コーナーというか、趣味の領域に近いですね」と、最近はソムリエがセレクトしたワインも充実している。とはいえ、これらも至ってデイリーな品ぞろえで、銘柄に関わらず一律価格なのはコーヒーと同じ。その心は、「フラットな目線で、金額にとらわれず、好みで選んでもらえるように」との思いからだ。これだけ多彩な顔を持ちながら雑然としないのは、店のあり方に一本芯が通っているからこそだろう。 ■お客との縁が店を続けるモチベーション 確かに、「14g」は元をたどればコーヒーショップだが、ここを訪れるお客の目的は実にさまざま。豆やお菓子を求める人はもちろん、店内で開かれるアーティストの個展や服の展示会を見に来る人もあれば、イベントやライブを目当てに来る人も。えつこさんも、コーヒーを前面には出さないゆえに、何も知らずに訪れて、あとからアアルトコーヒーとのつながりを知る人も少なくない。ただ逆に、融通無碍な店のスタイルと懐の深さこそが、多くの人をこの場所に惹きつける魅力でもある。えつこさんにとって、そうして縁を得たお客さんと時を経て再会するのも、店を続けるモチベーションになっているそうだ。 「理由はなんであれ、ここに来てくださるのはありがたいこと。一番うれしいのは、一時期来られていたお客さんが、思い出してしてまた来てくれること。高校生のころに来ていて進学、就職したあと、帰省のときに寄ってくれるとか。“昔は制服で来てたね”なんて会話していると、時間の移り変わりを感じられます。感覚としては、駄菓子屋のおばあちゃんに近いですね。お客さんが来たら、“はい、はい”と言って奥から出てくる感じも似ていますし(笑)」 開店から10年を経て、「自分の身になじんだ場所になりました」という、えつこさん。近年はスタッフの独立が相次ぎ、コロナ禍を経て心境にも変化があるとか。「元々イベント出店が多く、最初のころは子どもが小さかったので臨時休業も多かったんですが、コロナ禍を経て、今なら一人でも続けていけるのではと感じました。今では店のあり方をわかってくださる方が増えて。お客さんに理解があり、支えられている部分は大きいですね」。時に、お客が個展の展示を手伝ったり、ライブの参加者が片づけをしたり、自然と動いてくれるのは、ここまで培ってきた関係とえつこさんの大らかな人柄によるところが大きい。一方で、近隣の商店の店主の中には毎日、休憩に立ち寄る常連も多く、「ときどき、“コーヒー飲んだし、仕事に戻ろか”といった声を聞くと、自分の存在意義を感じられますし、一人でお店をやってるわけではないんだな、とあらためて思います」 今でこそ、異業種コラボの店作りも珍しくなくなり、店のスタイルも自由度が広がっているが、「14g」は10年前から先駆けて、ハイブリッドなコーヒーショップとして親しまれてきた。以前は、自身の生活のペースから、開店も不規則だった時期もあったが、「これから、10年助けてもらったお客さんのリクエストに応えて、少しずつ恩返ししていきたい」というえつこさん。先々は、パン作りの再開や、夜のカフェ営業なども考えているとか。時々に形を変えるこの店に、また訪れる理由が増えるかもしれない。 ■庄野さんレコメンドのコーヒーショップは「HACHIO COFFEE」 次回、紹介するのは、徳島市の「HACHIO COFFEE」。 「2年くらい前に開店した、徳島のニューフェイスです。店主の橋本さんは、コーヒー焙煎卸に勤めていた経験をいかして、ロースタ―として独立。生活感が残る古い民家を、そのまま店として使った営業スタイルもユニークです。橋本さんの愛すべき柔和な人柄も魅力のお店。同世代でもあり、応援したい一軒です」(庄野さん) 【14gのコーヒーデータ】 ●焙煎機/なし(アアルトコーヒー) ●抽出/ハンドドリップ(メリタ) ●焙煎度合い/中煎り~深煎り ●テイクアウト/あり(450円~) ●豆の販売/ブレンド3種、200グラム900円 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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