歴史に学ぶ世界経済 米国経済が地位低下してもドルに代わる“覇権通貨”候補は見えず 宮崎成人
19世紀の英ポンドから政治的な覇権確立と結びついた通貨。その後、その地位は米ドルへと移ったが、覇権通貨を維持できるかどうかは米国自身にかかっている。 ◇覇権体制を構築・維持したツールの一つ 現在の国際経済・金融秩序において、米ドルが最も重要な通貨であることは疑いない。アメリカの政府・企業が国境を越えた貿易取引や投融資の際にドルを使うのみならず、第三国間でも、双方がちゅうちょなく受け入れられる通貨であり、経済活動の円滑化をもたらす一種の公共財になっている。 さらに、ドルの重要性は経済面を超えて、政治・軍事的な面にまで及んでいる。アメリカは戦後に覇権体制を構築し維持するに当たり、意識的か無意識的かを問わず、ドルをツールの一つとして用いてきた。ドルの圧倒的な地位の背後にはアメリカの政治的意思があり、そのようなドルの存在がアメリカの覇権を支えている。その意味で、ドルを覇権通貨と呼ぶことができるだろう。 昨今、アメリカの相対的な地位低下に伴い、ドル覇権も弱まり、場合によっては他通貨に覇権を譲るのではないかとの意見が出されている。歴史をひもときながら、覇権通貨の条件や今後の交代の可能性を考える。 おそらく近世までは、通貨はあくまでも商業の世界のものと理解されており、発行主体の政治的な覇権確立・維持の手段としては認識されていなかったのではないだろうか。政治・軍事と近代的な通商・金融を結びつけたのは、やはり19世紀のイギリスが最初だろう。 イギリスは世界最強の海軍力を用いて海運を支配し、国際貿易を興隆させるとともに、そこから派生する輸出信用や保険などの金融業を発展させた。ロンドンの金融市場(シティー)では、国内の貯蓄が内外の政府・企業の資金需要とマッチングされたが、市場の厚みを反映してその調達金利はライバルのパリやフランクフルトよりも低かった。 イギリスは経常黒字を累積し、大量の金(ゴールド)を保有した結果、金本位制の下で英ポンドの通貨価値への信認が高まった。金本位制は国際経済の基本的なルールとなり、イギリスはそのルールを維持することに利益を見いだし、それに伴うコストを引き受ける政治的意思が形成された。