松下洸平の佇まいに滲んでいた“思い続けてきた”時間 『光る君へ』周明の衝撃的な幕切れ
『光る君へ』(NHK総合)第46回「刀伊の入寇」。まひろ(吉高由里子)は亡き夫が働いていた大宰府に到着した。そこでは、かつて越前で別れた周明(松下洸平)と再会。その後、周明の案内で政庁を訪ねたまひろは太宰権帥の隆家(竜星涼)から、道長(柄本佑)からまひろをもてなし、旅の安全を図るよう指示を受けたと告げられる。 【写真】ラスト1分で周明(松下洸平)に訪れた悲劇 まひろは念願の旅に出たことで、周明と思いもよらない再会を果たすことになった。周明ははじめ、まひろを見留めるとその場を立ち去ろうとする。周明にはまひろの命を奪おうとした過去がある。けれどあの時からまひろは「あの人も精いっぱいなのだわ」と、宋人でも日本人でもない立場に苦しんでいた周明を思っていた。周明が「俺のこと、恨んでないのか?」と問うと、まひろは「もう20年もの年月が流れたのよ」「あのころは周明も大変だったのでしょ」と返す。 周明を演じる松下洸平の佇まいには、まひろと別れてから20年もの間、ずっとまひろを思い続けてきたのではないかと思わせる切なさが感じられる。たとえば物語冒頭、周明は「すまなかった」と謝罪する。言葉こそ短いものの、その響きには、まひろに心を開きながらも、宋のための任務を負っていたがために命を脅かしたこと、そのことに後悔の念を抱きながら生きてきたのではないかと思わせる重みがあった。 周明が初めて登場したのは第21回の終わり。はじめのうちは言葉少なであまり表情を変えないうえ、来航した宋人らの真の目的が定かではないこともあって、謎めいた雰囲気があった。しかし周明の真意が明らかでなくとも、松下のまなざしにはまひろに関心を抱くさまが、少しずつ変わっていく表情や声色には打ち解けていく様子が表れており、周明がまひろに心を惹かれていることは十分伝わってきた。 そして第46回でも、まひろを思う気持ちは変わっていないように見受けられる。むしろ先述した通り、越前での一件以降、まひろを思い続けていたのかもしれない。 越前にいた頃と比べ、周明の表情から感情が素直に表れているのが印象的だ。政庁を見回すまひろの好奇心旺盛さ、宗語を話すまひろの聡明さには心の開けた笑顔を向け、隆家から道長の出家を聞かされた瞬間にまひろの顔色が変わったことには心配そうな面持ちを向ける。まひろとともに月を見上げる場面では、周明は誰かを思うまひろの横顔を見つめる。後の場面でも感じられたことだが、周明はまひろを思うからこそ、ただ横にいることを選び、彼らしい言い回しでまひろを励ますことを選んだように思う。松下が演技の上で見せる距離感に、まひろがかつての左大臣を変わらず愛していることが分かるからこそ、それ以上距離を縮めないように努める周明の優しさが感じとれた。 松浦へ向かうまひろを送る道中、2人は語らう。「私はもう終わってしまったの…」「終わってしまったのに、それが認められないの……」と心の内を明かすまひろに、周明は「まだ命はあるんだ」「これから違う生き方だってできる」と訴えかける。松下がまっすぐ向ける視線や口ぶりから、まひろを励ましたいと願う周明の心がひしひしと伝わってきた。書くことが全てで、違う生き方など考えられないと言うまひろに、周明は懸命に違う答えを考えた末、「俺のことを書くのはどうだ?」「親に捨てられて宋に渡った男の話は面白くないか?」と笑いかける。自分にできることはないかと考え、さまざまな言葉をかけてまひろの心を軽くしようとする周明の姿に、まひろを思いやる彼の深い心を感じる。 「書くことはどこででもできる」 周明の言葉はまひろの心に強く刻まれたはずだ。だが、第46回は衝撃的で悲しい幕引きを迎える。 松浦に行くため、船越の津までやってきたまひろと周明は、そこで刀伊の襲撃に巻き込まれる。刀伊と武士たちの戦いに巻き込まれる直前、周明は「松浦に行って思いを果たしたら、必ず大宰府に戻ってきてくれ」「その時に話したいことがある」と伝えていた。まひろに話したかったこととは何か。かつてともに宋へ行こうと話していた周明は、ともに生きようと伝えたかったのではないかと思う。 間一髪のところで双寿丸(伊藤健太郎)たち武士が駆けつけ、助かったと思った矢先、周明の胸を一本の矢が貫く。周明とまひろが手を取り合った瞬間の出来事だった。一度つないだ手が離れていく。あまりにも酷だが、これも人の宿命か。倒れ込んだ周明を茫然と見つめるまひろの横顔で第46回は幕を閉じた。 松下の演技から、別れてからの日々を埋めるように2人の距離が縮まるのが感じ取れたからこそ、突然訪れた別れの衝撃は大きい。次回、第47回のタイトルは「哀しくとも」。予告では泣きじゃくるまひろの顔が映し出されていた。哀しくとも別れが訪れるのは確かだろう。
片山香帆