『宗教2世』『射精責任』…夢中でつくった本 「人文書の編集にはしばしば奇跡が起こる」
本書の制作中には、訳者の村井理子さんとたくさんの長文の感想メールのやりとりをした。何度も何度も、女性である我々の痛みや苦労をないがしろにされてきた怒りと悲しみを交換した。このような因習は後の世代の女性たちに残すべきではない、渡すべきではないバトンだと確認した。また、解説者の齋藤圭介さんからの的確なフィードバック、齋藤さんを紹介してくださった上野千鶴子さん、さらにタイトルから呼び寄せられた直情的なバッシングに対してわざわざリスクを犯して介入して助けてくれたたくさんの人たちがいた。「妊娠したくなかったら股を閉じておけw」「受精責任もあるだろw」などの紋切型で大量に送られる下品なリプライ(繰り返すが、受精は女性一人ではできない)、「あなた、共産党員なの?」という会社へのお電話、弊社の社長宛てに「下品な編集者雇ってきめぇ~」と書かれた怪文書、長文のお怒りメールを頂戴するなど様々なすったもんだがあり、その度に顔を青くして早退して同僚に心配をかけてしまったが、それ以上に得た友人や仲間が多かった。 「こういったことに対して、女性が腹を立てていると考える男性がいるかもしれません。しかし、多くのケースで女性は腹を立てていません。女性は男性と同じ文化のなかで育てられてきました。男性の喜びや利便性が最優先だと教えられてきました。自分たちの痛みをないがしろにすることを教えられてきました。そしてその教えは消え去ることがないのです。私たちは、同じ教えを別の人たちにも伝えてきてしまいました」 ――『射精責任』(ガブリエル・ブレア著、村井理子訳、太田出版、2023年) 人文書は、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」などそれぞれの分野の専門的な内容が含まれる。だから読者にとって若干とっつきにくいと感じてしまう部分もあるかもしれない。一方で、そのテーマが日常慣れ親しんだ言語では語られえない事情もある。誰もが知り、誰もが簡単に理解していることなら、そこで提起された問題はとっくに解決されているはずだ。そうではないからこそ、独特の用語や言い回し、慣れない言葉づかいが必要とされる。 もしあなたがこの世界で、少しでも生きにくいとか、なにか上手くいっていないとか、挫折したといった経験があれば、そうした問題に詳しい専門家たちの力強い言葉と経験、研究の成果が集まっている。それが人文書だ。だからあなたが何かしらのマイノリティだと感じる場面があったら、ぜひ書店の「人文書」の棚を覗いてほしい。そしてその棚を覗いて、自分の欲しい本がない、と感じた人は、人文書を作る人――編集者や著者になる道もあるかもしれない。上述したような苦労があるから、私からその道を強くおすすめすることはできない。しかし私と同様、そのようにしか生きられない人というのは一定数いるだろう、とも思っている。
朝日新聞社(好書好日)