『宗教2世』『射精責任』…夢中でつくった本 「人文書の編集にはしばしば奇跡が起こる」
書籍が広まれば、ありがたいことに取材のご依頼なども増える。ところが、担当編集の私が宗教2世であることが記された本書のあとがきの謝辞をお読みでないちょっと大雑把な記者さんから「『宗教2世』ってもうニュースバリューないんですよね~……あの、鈴木エイトさんの連絡先、教えてもらますか?」と言われて、笑顔が凍り付くこともある(鈴木エイトさんは素晴らしい希代のジャーナリストで、何の罪もありません。『宗教2世』の共著者としても、ご尽力いただきました)。 そして当然、社会問題を取り扱う際には大きな責任が伴う。当事者のコミュニティに利益を還元する書籍を、今まさに必要としている読者に届けるため、スピード感をもって刊行しなければならない。 編集者は必ずしもその分野の専門家ではない。それでもある程度正確にその分野の土地勘を把握し、資料を集め、整理し、原稿に懸念があれば赤入れをして共著者と議論する必要がある。データや引用に間違いはないか。神経をすり減らす。莫大な労力がかかる。 「コスパ」という言葉とは無縁の仕事だった。しかし、このような緊急出版の過程において、荻上チキさんや「社会調査支援機構チキラボ」のみなさんをはじめ、共著者のみなさん、アンケートに参加してくださった当事者の方々が、苛烈な進行に最後まで付き合ってくださった。彼らが記者会見やロビイングに駆けずり回り、厚労省のガイドラインの策定などを実現する場面に間近で立ち会うことができた。その姿を通じて、他者のために、こんなにも頑張ってくれる人、頑張れる人がいるんだと知ること自体が、私にとって大きなエンパワメントになった。世界は地獄ばかりではない。改善のため努力する人がいて、少しずつよくなるという希望を抱くことができた。それは宗教2世当事者である私にとっては、ある種の「回復」の過程でもあったように思う。 似たような奇跡は「人文書」の編集ではしばしば起こる。 翌年の2023年の夏には『射精責任』という翻訳書を編集した。タイトルこそ過激と思われがちだが、本書は、アメリカで女性が中絶する権利を保障したとされているロー対ウェイド判決が破棄されたことをきっかけに、女性の権利と責任、胎児の命ばかりに焦点が当たることの理不尽を指摘し、「望まない妊娠の責任は、男性の無責任な射精にある」と言われてみれば当然の主張を改めて強調して、生殖における男性の当事者性を喝破している。小学校高学年以上なら理解できるような簡潔な言葉で、「排卵はコントロールできないが、射精は違う」「男性用避妊具は、驚くほど簡単に手に入る」「セックスの最優先事項と目的は男性の喜びだ、と社会が教えている」「望まない妊娠は、すべて男性に責任がある」などの28章からなる、力強い性教育のハンドブックだ。