地下鉄サリン事件の朝の“一部始終”「痙攣を起こしていたり、泡を吹いたり…」「瞳孔がピンホールのように小さい」
猛毒サリンを使った無差別テロ「地下鉄サリン事件」からおよそ30年。『 警視庁科学捜査官 』(文春文庫)より一部を抜粋。著者で科捜研研究員だった服藤恵三氏が取材を受けたNHK「オウム VS. 科捜研 ~地下鉄サリン事件 世紀の逮捕劇~」(新プロジェクトX~挑戦者たち~)が10月26日に放送される。本書ではオウム真理教教祖・麻原彰晃(松本智津夫)逮捕のためサリン製造の全容解明に尽力した知られざるドラマに迫る。(全4回の1回目/ #2 に続く) 【画像】地下鉄駅構内から運び出される乗客の様子 ◆ ◆ ◆
鳴りやまない救急車のサイレンが…
その日も、いつものように6時ごろ起きた。毎朝のバタバタを経て、急いで子供を保育園へ連れて行く。駅までは恒例の駆け足。飛び乗った満員電車に揺られ、地下鉄の桜田門駅で降りて、職場である警視庁の科学捜査研究所(科捜研)に着いたのは8時前だった。科捜研は、警視庁本部庁舎の隣にある警察総合庁舎の7、8階に入っていた。 私は係長として、毒物や薬物の鑑定と検査を担当していた。白衣に着替え、仕事に取りかかる準備をしていると、救急車のサイレンが聞こえ始めた。この時間の霞が関では珍しい。「どこかの役所で急病人でも出たのかな」と思った。ところが、サイレンの音は鳴りやまないどころか、数がどんどん増えていく。時計を見ると、8時20分前後だった。 これは普通じゃない。何かが起こっていると感じ、科捜研の庶務にある警察無線・同時通報を聴きに行った。 「地下鉄の築地駅構内で、人がたくさん倒れている」 「小伝馬町駅で、多数の人が倒れている」 「人形町駅、八丁堀駅、霞ケ関駅でも同様」 「築地駅に停車中の車両内で異臭」 情報は錯綜していた。 直感的に「来る」と思った。科捜研に、緊急鑑定が持ち込まれるのである。 地下鉄の車両や駅構内で、多数の人が同時に体調を崩している。半密閉空間という状況から考えると、ガス化する何かの毒物が発生しているに違いない。違和感を覚えたのは、いくつもの場所から同じような状況が報告されていることだ。広域かつ同時に起こっているとすれば、人為的な原因である可能性が出てくる。 ふと、前の年に佐藤英彦刑事部長(後に警察庁長官)からかけられた言葉が蘇った。 「服藤君。もし東京都心でサリンが撒かれたら、すぐに対応できるようにしておいてくださいね」 前の年、つまり平成6年6月27日、長野県松本市の住宅街で猛毒の化学兵器サリンが撒かれ、死者8人、重軽傷者約600人の被害が出た。犯人は、まだ捕まっていなかった。警察庁の科学警察研究所(科警研)が分析を担当したが、毒物が国内で初めて使われたサリンだったため、突き止めるのに苦労した話を聞いていた。