「傷痕の奥に見えるもの」千早茜×石内都『グリフィスの傷』
三十代の地元の男性たちが集まって行う読書会
石内 先日、旭川市の井上靖記念文化賞の本賞を受賞しました。最初に先方からご連絡をいただいたときに、井上靖の作品を一つも読んだことがないことに気づいて、これはいけないと、芥川賞作品の『闘牛』を面白く読みました。 千早 いわさきちひろのときと同じように、そういう場合はやっぱりきちんと本や資料を読まれてから決められるんですね。石内さんは読書家ですよね。そして読むのがとても早い。 石内 読んでいない本がたくさんあるんですよ。 千早 入院されたとき、お見舞いは何がいいですかとおたずねしたら、本がいいっておっしゃって。それでいっぱい送ったのにすぐに読破されて。 石内 アゴタ・クリストフの『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)は、タイトルは知っていたけれど読んだことがなかったの。送ってもらって読んだらびっくりした。あと、『ぼくには数字が風景に見える』(ダニエル・タメット著 古屋美登里訳/講談社文庫)もすごかった。最初にこれを読んだの。それから『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著 古屋美登里訳/ハヤカワepi文庫)ね。私の中に全然ないものが書かれていてすごくよかった。 千早 いいですよね。あれを読むと海外の観光地に行くとき見方が変わります。 石内 デヴィッド・ボウイの百冊って知っている? 彼はいつもコンサートに行くときにトランクに百冊以上の本を入れて持っていっていた。そのリストを、ロンドンのV&A博物館でやった展覧会『DAVID BOWIE is』のときに公開したんです。 千早 以前おっしゃっていましたね。 石内 その百冊を『Bowie’s Books ――デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊』(亜紀書房)という本で紹介していて、その中で読んでいたのは五冊ほど……(笑)。その後読書会でも読んでいます。 千早 地元で読書会をされているんですよね。 石内 子どもの頃は読書にまったく興味が持てなかったんだけどね。今まで読んでいない本を、若い人たちと一緒に読んでいるところです。 千早 定期的にやっていらっしゃるんですか? 石内 月に一度。もう三年目になりますね。そこに来る三十代の男たちが面白いんです。若い人にとって、今はそういう場所がないらしく、困っていたから、じゃあうちでということになって始めました。メンバーはだんだん増えて、今は十人くらい。そのくらいの人数になると、三時間ほど読書会をして、その後六時間くらい飲み会になっちゃう(笑)。 千早 面白そうですね。石内さんに初めてお目にかかったときから、尊敬している人なので緊張しそうなものなのに、なぜかリラックスして話せるんです。不思議。 石内 あなたとはいろいろな話ができて、年齢差もあまり関係がない感じ。 千早 嬉しいです。石内さんといるとすごく楽しい気持ちになります。 石内 私もあなたの小説が好きだから。次の作品のこととか、手紙に書いて送ってくれるし。 千早 いつも必ず感想を送ってくださるから、またそれに返事をしています。 石内さんは魅力的な方なので、ファッション誌やカルチャー誌に出られているのを見てファンになる人や、写真に関わりのないファンもたくさんおられそうです。 石内 それは、さっきも言ったように女でこの歳で現役だからでしょう。 千早 石内さんほどキャリアの長い人で、写真家として身を立てている人はほとんどいないと思います。商業写真を収入源にしつつ、自分の作品を撮っている女性のフォトグラファーはいても、作品制作だけで生活している写真家は少ない。 石内 それには理由があって、私は若いときに自分でプリントしたものをいっぱい持っているんです。それを世界中の人が買いに来る。特にヨーロッパやアメリカはヴィンテージが歴史を表していることがわかっていて、そこの考え方が日本とは全然違う。だから日本では美術館でも売れないんですが、海外では人気があります。 千早 私は学芸員の資格を持っていて、専門が違うのであまり写真の知識はなかったんですが、惹かれた写真家が石内さんしかいなかったんです。 石内 それはまずいんじゃない?(笑) 千早 写真を見に美術館に行ってもどうも心が動かなかったんですが、石内さんの写真を見たとき、初めてすっと入ってきました。そこから写真に興味が持てるようになりました。 石内 ありがとう。 千早 きょうはじっくりお話しできてよかったです。ありがとうございました。 (2024.3.13 神保町にて) 「すばる」2024年6月号転載 オリジナルサイトで読む
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