「戻らぬ円」の元凶、10年以上続く直接投資のトレンドは地政学リスクとインフレ時代の到来で変わるか?
■ 証券投資と対照的だった直接投資の収益率 しかし、成長率という点について言えば、人口減少を常とする日本は諸外国に劣後する状況が金融危機後も続いた。 こうした状況下、2008~12年の超円高地合いも相まって、日本企業にとっては現地生産・現地販売を主軸とする戦い方が合理的な環境が整っていった。縮小する国内市場ではなく拡大する海外市場に賭けるという当然の発想である。 証券投資同様、過去20年間における直接投資の収益率の動きを見てみると、基本的に多くの国・地域で改善傾向が確認できる(図表(3))。 【図表(3)】 とりわけ中国を中心とするアジアで高めの収益率が期待できる中、日本企業が低金利の常態化する証券投資よりも直接投資を選んだのは必然であろう。 こうして内外の経済・金融情勢に背中を押されたことで日本から海外への直接投資は順当に増え続け、今も毎年、相応の買い越しが続く情勢にある。それが積み重なって「対外純資産の半分が直接投資」という構図に至り、「戻らぬ円」という議論に繋がっていく。この点は前回のコラムで詳しく議論したところだ。 【関連記事】 ◎「33年連続・世界最大の対外純資産国」なのに貧しく感じるのはなぜか? 「戻らぬ円」が示す残念な現実(JBpress) しかし、問題は今後である。
■ 地政学リスクの高まりが収益格差に与える影響 周知の通り、過去10年余りにおいて証券投資の収益率が相対的に劣後してきたのは、ひとえに主要国で低インフレが定着してきた結果である。その時代がもう変わったというのであれば、直接投資と比較した相対的な立ち位置も変わってくる可能性がある。 しかも、デリスキングないしフレンドショアリングの潮流もあって、直接投資は今や効率化のためというよりも、安全保障上の必要性に迫られて行うものになっている。そのような投資に収益性が果たしてついてくるのか。 今や直接投資の決定要因は経済合理性だけではない。これは日本から世界への対外直接投資についても例外ではなく、これまで同様の高収益率は前提にできない可能性もある。 2022年以降はFRB(米連邦準備理事会)を筆頭に主要中銀が大幅利上げに踏み切り、本稿執筆時点でも政策金利は高止まりしている。再掲した図表(1)を見れば分かる通り、こうした状況などを背景に、2023年は収益率格差が縮小している。 【図表(1)】 仮に世界の高インフレ収束が遅れるとした場合、主要中銀は利下げに至らず、収益率格差の縮小傾向は続くことになる。日本の視点からすれば対外純資産残高に占める「戻らぬ円」である直接投資の割合が果たしてこのまま高止まりするのか、それとも低下に転じるのかという意味で注目される動きである。 もちろん、国内市場が縮小しているという決定的な人口動態要因に関しては、改善はおろか悪化が予想されるところであり、基本的に日本企業の主戦場が海外であり続ける公算は大きい。 しかし、デフレからインフレへの切り替わりを前提とすれば、既に日本で名目賃金が上昇基調に入っていることに現れるように、企業行動の大きな変容も想定されるところではある。 「円相場の構造変化」がまた新しい構造変化を迎えるのかどうかという視点で、筆者は注目している。 ※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年6月9日時点の分析です 唐鎌大輔(からかま・だいすけ) みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。
唐鎌 大輔