100人の“ビジネス×データ人財”育成目指す島津製作所、カギは「1人のロールモデル」
精密機器メーカーの島津製作所が、全社へのデータ活用の拡大を目的としたDX人材育成プログラムを推進中だ。さまざまな業務課題をデータ活用により解決していく「ビジネスアナリスト人財」を独自に定義し、2025年度末まで100人規模に拡大することを目指す。求める人材を定義し、研修プログラムを開発していくうえでは、ロールモデルとなる“1人の社員”を徹底的に分析したという。 【もっと写真を見る】
精密機器メーカーの島津製作所が、全社へのデータ活用の拡大を目的としたDX人材育成プログラムを推進中だ。さまざまな業務課題をデータ活用により解決していく「ビジネスアナリスト人財」(以下、BA人財)を定義し、2025年度末までの3年間の取り組みで100人規模に拡大することを目標に掲げている。 このBA人財を定義し、育成プログラムを開発していくうえでは、ロールモデルとなる“1人の社員”と徹底的に向き合い、その行動や周囲にもたらす影響を解析することが必要だったという。 同育成プログラムを担当する島津製作所 DX・IT戦略統括部の山川大幾氏が、2024年10月9日に開催されたSaaS型BIツール/データ活用プラットフォームの「Domo(ドーモ)」の記者説明会で、人材育成プログラムの開発に向けた取り組みについて説明した。 「ビジネス成果の出るデータ活用」を目指して人材育成に着手 島津製作所では、2019年に製造部門でDomoを導入した。導入のきっかけは、当時の製造担当役員(現在の社長)から「『データに基づく製造』をしよう」という方針が示されたためだったという。当時、製造推進部に所属していた山川氏は、社内のさまざまなシステムに点在するデータをつなげられるBIツールとして、Domoを採用した。 導入後のDomoは「棚卸し在庫の削減」などのデータ活用成果に寄与し、製造部門内では順調に利用者数が拡大していった。しかし、導入から数年が経過した2022年ごろになると、山川氏は「危機感」も感じるようになったという。 たしかに、Domo上では見た目に美しいダッシュボードが多数作られていた。しかし、作ったもののそのうち使われなくなるダッシュボードも少なくない。「これらのダッシュボードは『成果』につながっていないのではないか?」という疑問が生まれ、やがてはDomoの利用者数も減少していくのではないか、と危機感を持ったのだ。 そこで、2022年からは「データ活用をビジネス成果につなげることのできる」人材育成に乗り出すこととなった。ちょうど2021年10月にはDX・IT戦略統括部が新設され、人材育成に取り組みやすい状況になっていた。 1人のロールモデルに向き合い、行動解析から“求める人材像”を検討 ただし、一口に「データ活用人財」と言っても、具体的にどんな役割(ロール)の人物なのか、それをどう育成すればよいのかははっきりしていなかった。山川氏は「IPAのガイドライン、他社の成功事例など、参考になる情報はあったものの、われわれが具体的にどう取り組めばよいのかは、進めながら模索するしかない状況だった」と振り返る。 ここで山川氏は、島津製作所が育成していくべき“DX人財”のロールモデルとなる人物と出会うことになる。サプライチェーンマネジメント(SCM)担当の田口氏だ。 2020年ごろから、コロナ禍や国家間紛争などに起因する国際的なサプライチェーンの混乱が発生し、メーカーの生産活動は“半導体不足”などの大きな影響を受けた。また他方では、海外販社における需要の変化が部材のサプライヤーに伝わるまでに最大2カ月以上を要し、迅速な生産計画の変更に結びついていない問題もあった。 こうしたサプライチェーンが抱える問題に対し、現場マネージャーが「勘と経験、度胸」ベースで工数をかけて対応するのではなく、データを活用してスマートに解決したい――。そう山川氏に相談したのが、田口氏らのSCMチームだった。 そこで、田口氏が設計、山川氏が実装と展開を手がけるかたちで、サプライチェーンの現状を詳細に可視化し、リスクも分析できるダッシュボードを開発した。 Domoを使い、2カ月間でリリースしたこのダッシュボードによって、月間で51時間分の業務工数削減成果につながったという。山川氏は「この成果は全社大会でも表彰され、われわれの(データ活用推進に向けた)活動への自信にもなった」と語る。 ただし、山川氏にはまだ疑問も残っていた。この成果は永続的なものなのか、再現性はあるのか、そして「田口氏のような人材をどう定義すればよいのか」といった疑問だ。こうした疑問が解消できなければ、田口氏をロールモデルとした人材育成は進められない。 そこで山川氏は、田口氏と徹底的に向き合って、データに基づく行動解析を行っていった。その結果、田口氏の周辺部署においては、2022年度からデータ活用が顕著に加速していることが分かった。 このことから、必要な人材は「各現場において、業務と徹底的に向き合うことでデータ活用を加速させる人物」であると判断し、それを「ビジネスアナリスト(BA)」と命名したうえで、人材育成の取り組みを進めることになった。 社内で“3つの整備”を進め人材育成、さらに高度な人材像も視野に 島津製作所では、2023年度から「Domo Dive Program(DDP)」を立ち上げ、「ロール定義と研修の整備」「情報共有の場の整備」「活用支援施策の整備」という3つの整備を行っている。前述したとおり、目標は2025年度末までに100人のBAを創出することだ。 山川氏は、初級者から段階的にBAまでステップアップしていく道筋を整理したこと、BA研修においてデータ可視化に関する理論的な知識を習得したあと、即座に実業務課題を解決する実践ワークを行うようにしたこと、BA研修における評価をチェックシートで標準化したこと、研修後も活動が継続するようトラッキングとフォローアップを行っていることなど、プログラムで工夫した/改善したポイントを紹介した。 「われわれは製造業なので、一度リリースした研修に関しても、日々『PDCAサイクルを回して改善していく』ことを心がけている」(山川氏) 島津製作所のBA研修は現在3期目を迎えているが、山川氏は、この研修を通じて「“共通言語”が獲得できた」ことが大きな成果だと述べる。 「課題解決のための会議では、BA研修の参加者が『オーディエンスは誰なのか』『打ち手は何なのか』『それをどう可視化するのか』を共通言語として議論するようになった。これにより会議の質が圧倒的に向上した。研修でのインプットが、データ活用のアウトプット実現を支える成果を生んでいると感じる」(山川氏) なお、BA人財育成の先にある目標として山川氏は、BAがさらにデータサイエンスのスキルも習得したような新たな人材の育成を挙げた。「ビジネスアーキテクトとデータサイエンティストに中間に位置する、“AIやデータサイエンスを使い倒せる田口さん”のようなイメージの人財」(山川氏)。そうした人材の育成に向けて、Domoの協力も受けながら計画を進めていると明かした。 Domoが人材育成支援プログラムを体系化、提供 なおDomoでは同日、「データアンバサダー養成講座」を含む包括的な人材育成支援プログラムの提供開始を発表している。同プログラムは、これまで顧客企業への支援として行ってきた人材育成のノウハウとスキルを体系化したものとなる。 Domoが定義する「データアンバサダー」(以下、DA)とは、データ活用の社内展開を推進する役割を担う人物、いわば「山川氏のような人」だという。 Domoのコンサルタントを務め、島津製作所の人材育成プログラム開発も支援してきたコアビズボード 代表取締役の八木幹雄氏は、データ活用の社内展開を本格的に進めるためには、経営層に“勝ち筋”(データ活用を通じた成果達成のロードマップ)を見せ、予算獲得や体制構築を進める必要があるが、それを主導する人材がいないという課題を指摘する。 そこでDomoでは、この役割を担うDA人材の育成に取り組んでいくことにした。DA養成講座では、顧客企業で山川氏のような役割を担った人の活動からベストプラクティスを体系化し、1日間の研修として提供する。これと同様に、島津製作所やほかのトライアル企業で実施しているBA研修も「ビジネスアナリスト養成講座」として提供する。 なおDomoでは、DA、BAを含むさまざまなロールの人材育成を推進しやすくするために、大まかな構成比のイメージも明らかにしている。たとえばDAは「社員1000人につき5人」、BAは「社員1000人につき20人」が目安だと説明されている。 文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp