DSPになりきれなかった、アナログ・デジタル・プロセッサという異物「Intel 2920」(人知れず消えていったマイナーCPUを語ろう 第15回)
あいにく市場はこれを評価しなかった。 そもそも低価格でプログラムを変更するだけで柔軟に信号処理の特性を変えられるというDSPが目指した方向性を考えた場合、複数個のIntel 2920を繋ぐというのは全然低価格に繋がらないからNGだし、Analog Blockでカバーしきれない部分をDigital Block(というか、ALU)で補うという発想は、特性の変更を実装するのに手間が掛かるものになった。 そのALUの性能も決して高くないし、乗算が出来ないのが致命的だった。結局Intel 2920を採用したアプリケーション例はほぼなく、製品は失敗に終わる。 Analog Block取っ払ってALUをMACユニットにし、もう少しスループットを改善すればそこそこ使えるDSPが構築できたようにも思えるのだが、結局IntelはDSPの方向での深堀りを断念し、あっさり撤退する。 その後、Analog Devicesと共同でMSA(Micro Signal Architecture)なるSIMDベースの32bit RISC MCUのアーキテクチャを開発したことを2000年に発表し、Analog DevicesはこのMSAに基づくBlackfin Processorを2001年にリリースする。 このBlackfinベースというかMSAベースのDSPは、2003年にIntelがXScaleベースの携帯向けSoCとして発表されたManitobaことPXA800Fに搭載された。 ただPXA800Fはほとんど採用例がなく(一応O2のXMに採用されたことは判明している)、後継のHermonことPXA900はXScaleビジネスをMarvellに売却したタイミングでキャンセルになった(正確にはMarvellに移管される直前にキャンセルになった「らしい」)あとは、MSAに基づくDSPコアを搭載した製品は、筆者が知る限り存在しない。 Intel 2920の評価としては、NASA/ADSのJ.Heller氏(Communication Systems Research Section)による"An evaluation of the Intel 2920 digital signal processing integrated circuit"という1981年の論文がある。 論文の結論は"The concepts embodied by the 2920 device represent a formidable tool for realizing compact digital filters. The software support is excellent. However, new users should be cognizant of 2920 device problem."(Intel 2920はコンパクトなデジタル・フィルターを実現できる強力なツールである。ソフトウェアのサポートも優秀である。しかしIntel 2920デバイスの問題を認識しておく必要がある)となっている。そのIntel 2920の問題として列挙されているのは、 ・ABA命令を正しく動作させるには、4MHz以下にクロックを落とす必要がある ・EOP命令を正しく動作させるためには、21番ピンをOpen-Drain状態にせずに、15pFのコンデンサを繋ぐ必要がある ・22番ピンが正常動作しない ・Reference VoltageとOutput Voltageが一致しない。Referenceが±1Vだと出力は±0.93Vになる。また出力電圧のオフセットも正しくなく、特にLPFアプリケーションを構築する場合に致命的 といったところである。論文によれば評価に使ったIntel 2920はD Steppingであり、2021年夏にE Steppingがリリース予定だが、これで問題が修正できているかどうかは不明、とされていた。 致命的な問題ではない(最後の問題も、3種類の回避法が提示されている)ものの、積極的にIntel 2920を使おうという気分に水を差すには十分な問題ではある。 このあたりも、アプリケーションに採用例がなかった理由の一つかもしれない。
大原雄介@TechnoEdge
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