DSPになりきれなかった、アナログ・デジタル・プロセッサという異物「Intel 2920」(人知れず消えていったマイナーCPUを語ろう 第15回)
DSPになりきれなかった異物、Intel 2920
この1980年以降の製品は、ほぼDSPに必要な要素をすべて兼ね備えているのだが、微妙にここに入りきれなかった製品が、今回ご紹介するIntel 2920である。 Intel 2920は、Analog Signal Processorであった。ADCとDACを内蔵しており、入力信号をそのままデジタル値に変換して処理できるにもかかわらず、そのデジタル処理部には、 ・3-tap Low Pass Filter ・Binary Shifter ・25bit ALU しか存在していない。 一番求められる乗算器は存在せず、しかもそのALUのCycle Time(ALUを実行し、結果をScratch Pad Memoryに書き戻すまでの時間)は400nsで、高速とは言いにくい。 Pipeline動作のLatencyが400nsというのなら別に問題はないのだが、ALUそのものはPipeline構成になっておらず、またWritebackの機能もない。 Intel 2920自身は最大10MHz駆動であるから、要するにALUの実行とScratch Pad Memoryへの書き込みに4cycle掛かっている訳で、これは結構遅い。 ちなみにPhoto08で"DMUX&S&H's"とあるのはOutput Multiplexer & Sample/Holdの意味だが、実際にはAnalog BlockとしてSample/Hold回路やComparatorなども搭載されており、これらの回路ブロックの動作をプログラムから設定することも可能である。 Analog Signal Processorの名前の由来はこのあたりにもあるわけだが、Application Noteを見ると、具体的に、 ・22Tapのデジタルフィルタ:115命令 ・200Hz~3.2kHzを100Hz刻みでカバーするSpectrum Analyzer、ダイナミックレンジ48dB:155命令 ・1200bpsの全二重モデム、送受信フィルタとラインイコライザー機能付き:192命令 といったアプリケーション実装例が示されている。 また様々な特性のフィルタが、Analogブロック+ALUで実装できる例も示されているが、どうもこうした例を見ていると、MACユニットを実装してフィルタリングを全部計算処理でやるよりも、可能な限りAnalog Blockを利用し、その補助にDigital Blockを使うといったやり方の方がコストパフォーマンスが良い、と判断されたのかもしれない。 そしてIntel 2920単体で処理できないような処理は、複数のIntel 2920を連結してPipeline処理を行うことでカバーできる、と判断していたようだ。Transputerの最初のアイデアである、「シンプルなI/Fを経由して他のプロセッサと連携し、スループットがプロセッサ数にリニアにスケールする並列プロセッサ」と考え方は似ている。
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