DSPになりきれなかった、アナログ・デジタル・プロセッサという異物「Intel 2920」(人知れず消えていったマイナーCPUを語ろう 第15回)
DSP製品の歴史
さてそんなDSPであるが、いきなりすべての特徴をもった製品が登場した訳ではない。DSPの歴史で大体最初に名前が挙がるのは、TRWのLSI Products Divisionが1976年に発表したMPY016Hで、6.9MHz程の動作が可能だった。 当時乗算をこのスピード(1個の演算を145nsで完了する)で実現できたワンチップLSIの製品は他になかった。ただMPY016Hは乗算だけで加算はサポートしていない。乗加算をサポートしたのは、1978年頃に発表されたTDC1010で、16bit同士の乗算結果に32bitの加算を行い、結果が35bitで出力されるものだった。 ただこれはDSPというよりはアクセラレータに近く、プログラムもへったくれもない。X0~X15とY0~Y15という2つの信号ピンに16bitの値を入れると、165ns後に結果がLSP OUT/MSP OUT/XTP OUTという合計35本の信号ピンに値が出てくるだけのものである。 もう少し進化したのが、1976年にTIが開発をはじめ、1978年に完成したTMS5100である。 こちらはTIのSpeak & Spell(これを覚えている方がどの程度いるだろう?)のSpeech Processorとして採用された。 ちなみにTMS5100は商品名で、開発コード名はTMC0280だったので、こちらの方で記憶している方もおられようが、同じものである。 TMS5100はサンプリングレート8kHz/音声帯域4kHzで、49bitの音声データを40Hzで再生することが出来た。TIはこのSpeak & Spellをわずか50ドルで販売している。 DSPを使うことで、高精度かつ高速なな音声処理を低価格に実現できるというDSPの可能性を、目に見える形で示したのがこのSpeak & Spellだった。 ただ内部構造は3チップ構成であり、また音声合成に特化した構造で、汎用DSPというにはちょっと機能が偏っていた。 同じ1978年、AMI(American Microsystems Inc,:BIOSで有名なAmerican Megatrends Inc.とは別の会社である)はS2811を発表する。 12bit乗算器と加算器が並行で動き、サイクルタイム300ns(つまり3.3MHz駆動)というのは、この当時としては悪くない性能だった。 ただ致命的だったのが、自身でプログラムを実行する機能はなかったことだ。S2811はMotorolaのMC6800などと組み合わせて使う、Acceleratorとしての動作を想定していたからで、結果MC6800に足を引っ張られることになり、性能は芳しくなかったため、ほとんど売れなかった。 1980年に入ると、NECのμPD7720、AT&TのDSP1、Altamira DX-1が登場、この後1983年にはTIのTMS32010が登場し、ここまでが概ね第1世代DSPに属する格好だ。
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