阿川佐和子「サバイバルジャーニー」
まもなく車内アナウンスが流れる。 「ただいま、三島あたりの豪雨のせいで運転を見合わせております。新幹線は一時間に六十ミリ以上の雨が降った場合は運行できません。現在、先行の新幹線が七本、各所で運転見合わせを行っております」 あらあ、七本も滞っているのねえ。楽観にかすかな影が差す。 「ちょっと車掌さんに聞いてくる」 現実に立ち返った私は車掌室を覗く。 「もしかして、もう動かないんですか?」 恐る恐る訊ねると、車掌さんは受話器を片手に恐縮千万の表情で、 「実は、そろそろアナウンスしようと思っていた段階なのですが、はい。この新幹線は岡山止まりと決定しました」 思わず私は笑った。そうですか。そりゃしょうがないわな。 席に戻り、それまで簡易テーブルに思い切り広げていた宴会グッズとゴミと荷物をS子さんと一緒に急いでまとめ、新幹線を降りた。 さて、どうする。岡山駅で頭を巡らせた。岡山には、これまた三十年以上の仲になる知り合いのオジサンがいる。昔、一緒にテレビの報道番組に出たこともある。今は地元の民放テレビ会社の相談役というお偉い立場だが、未だに気楽な付き合いが続いていた。 「もしもし?」 「おう、どうしたの?」 「実はね……」 ことの経緯を説明するや、H相談役は間髪入れず、 「表町の『ままかり』にいるからすぐに来なさい。ホテル? こっちで手配してあげます。一人じゃない? 何人でもかまわんよ」 こうして私たちは、駅の窓口にて払い戻しの手続きを済ませると、指定された魚料理の店へタクシーで向かったのであった。
そのあとどうなったかって? 聞くも涙、語るも長い物語が続くのだが、かいつまんで申し上げると、その魚屋さんにて、おいしい新秋刀魚をつつきつつ、急遽、作戦会議が開かれた。夜行バスは動いているか寝台列車はどうだ、大阪まで移動して翌朝、伊丹空港から飛行機で帰ったらどうだ、関空はどうだと、あれやこれや調べて……、実際にスマホを駆使して検索してくれたのは、H氏の有能秘書、大森君だった。 が、どのケースもバツ。飛行機はもはや満席だらけ。と、最後にH相談役が声を発した。 「米子空港から北回りの飛行機なら台風の影響は受けないぞ。空席あるか?」 さっそく大森君がスマホを睨む。なんとチケット予約ができた。バンザーイ! その晩は岡山に一泊し、翌朝早く車で岡山を出て北上。二時間後に米子鬼太郎空港に到着した。 でも、まだ油断はできない。羽田が大雨で欠航になったらどうする。その場合は普通列車で敦賀へ出て、北陸新幹線で帰ろう。 結果的に私とS子さんは敦賀を訪れることなく、飛行機で羽田に降り立つことができた。広島を出てから二十四時間が経過していた。 このたびの教訓。無理な願いを聞いてくれる心の広い友人は、全国の港港に持っておくことが大切だ。
阿川佐和子