【労災認定の壁】深夜労働6連勤…働くシニアを苦しめる労災、認められない過酷労働
2021年に認定基準が変更され、“時間外労働時間数だけでなく、労働環境も考慮する”となり、これが決め手となった。 「食品製造工場の過酷な環境で亡くなったBさんは、時間外労働時間こそ規定以内であったものの、“適切な労働環境”に関しては使用者側に落ち度がありました。 Bさんの死が労災と認定されるまで3~4年もかかっていますが、最終的には認めてもらうことができたのは、幸運でまれなケースです」 この、“労働環境も考慮せよ”との認定基準の変更は、“環境も労災が起きる要素の一つである”と考えてもらえるようになったわけで、意義が大きいと尾林弁護士は言う。
シニア層にはそれにふさわしい働き方を
2021年、『高年齢者雇用安定法』の改正案が施行され、70歳までの定年の引き上げが企業の努力義務となった。 さらにこの先、年金支給年齢先送りの可能性が濃厚だし、支給額アップは期待できそうもない。そんななか少しでも豊かな生活を望むなら、リタイア後も働くしかない。 「政府は明らかに高齢者を働かせる政策を取っているのに、働かされる高齢労働者の健康保全の政策は立ち後れてしまっています」 厚労省も『高齢者労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)』を公表。雇用者向けに、ゆとりある作業スピードや、高齢労働者の体力状況の把握などを呼びかけてはいる。 「ですが現実に倒れた場合の認定基準は、若い人の場合と同じ。それでは本当に保護したことになりません。 ガイドラインを出すのであれば、それを外れての健康被害や死亡には、積極的に労災で補償せよというのが私の意見です」
シニアともなると、肩が痛い、腰が悪い、心臓に不安がある等々の不調はつきものだ。死亡とまではいかなくても、身体を壊して労災認定の申し出、休業補償等を受け取ろうとすれば、解雇の不安が拭えない。 「法令は、使用者は労働者の安全に配慮する義務があるとしています。ですから障害のある人には配慮しなければならないし、高齢の人には肩が痛い、腰が悪い、心臓に不安がある等々の、身体の調子や体力を考慮した働き方をしてもらわなければならないのです。 生活のため働かなければならないシニアは多く、国もまたシニアを働かせる方向に舵を切っています。それなのに、その保護が見過ごされている。シニア労働者の立場はまったくもって弱い」 シニアにはシニアの働き方と働いてもらう方法があると政府もガイドラインを示しているのに、実際にはできていない現実があると尾林弁護士は嘆く。 ではシニアが働くことで身体を壊し、最悪、死亡してしまった場合、その家族はどう行動したらよいのだろう。 「一人で労働基準局に申請に行っても認定は難しい。役所は話こそ聞いてはくれますが、労働時間数を見て、“ちょっと難しいですね”という返答をしがちです。労災の認定基準をよく読めば環境も考慮せよとありますが、そこまで人手や手間を割ける状態にはないからです」 そこで相談すべきなのが、労災の専門家だ。 「高齢者の労災に詳しい労働組合や過労死弁護団にアプローチし、アドバイスをもらうのが得策です。Aさんの場合、倒れる直前に体調不良のメールを打っていた。Bさんも卵焼きの数を増やせとの指示を受けていた。 労災にはその件、その件で労災に至った特別の事情があるものですが、一般の人にはそれが労災の原因であることかわかりにくい。労災認定の第1段階である労働基準監督署に申請する前、つまりは労災申請第一歩の段階で相談することをおすすめします」 内閣府がまとめた『令和4(2022)年版高齢社会白書』によると、60~64歳女性が就業している割合は60.6%で、65~69歳で40.9%。 シニア女性の4割以上が働いている勘定だ。その一方、60歳以上のシニア層の労災発生率は、男性で30代の2倍、女性だと4倍にもなるという統計もある(2022年厚労省『労働者死傷病報告』)。 超高齢社会で「老いても働かざるを得ない時代」の今。 制度や雇い先に“殺されず”、わが身を守っていく術も身につけていきたい。 話を伺ったのは……弁護士 尾林芳匡先生●1961年生まれ、東京大学法学部卒業、八王子合同法律事務所。過労死弁護団全国連絡会議幹事。30年以上にわたり、過労死や労働災害の裁判などを多く担当。その経験から労働問題に関してメディアへの寄稿等も多数。 取材・文/千羽ひとみ