なぜ中谷正義はロマチェンコに9回TKO負けし“世紀の番狂わせ”を起こすことができなかったのか
中谷の左を外し右にステップして左を合わせてくる動きはワンパターンだったが、最後まで対応することができなかった。中谷は「ロマはサイドの動きと、中に入っての回転の強さが驚異的。なるべくそこでは戦わない。ただ遠くで戦おうとすればするほど相手にとっては中に入りやすくなる。ときには自分からプレスをかける必要がある。ロングで戦いながら強打を狙う」と準備していたが、その強打は一度も放たれることはなかった。おそらく中谷の想定以上の動きとスピードがロマチェンコにはあったのだ。 米の権威ある専門誌「リング」なども「パウンド・フォー・パウンド1位だった全盛期の頃の動きが蘇った」と評価していた。 試合後、中谷は、帝拳ジムを通じて「ロマチェンコは左右のスピードが早く、左が良かったです。そこに対応が出来ませんでした」とだけコメントを寄せた。 8ラウンドまでのスコアは2人がフルマーク。ジャッジの1人だけが4回と8回の2ラウンドだけ中谷につけていた。 ロマチェンコは、「みんな!私の力を見ただろう。次、リマッチだ」と、昨年10月に敗れたロペスとのリマッチを求めた。この日、リングサイドで観戦していたロペスのトレーナーでもある実父のロペス・シニアは、ロマチェンコのリマッチを受ける意向を示したという。 「リマッチを受けてくれるのならとても嬉しい。彼には今後の予定があるでしょう、そのあとでいい。12月でも、来年の1、2月でも。私は待っている」 ロペスは1週間前の6月19日にWBO、IBF同級1位のジョージ・カンボソス(28、オーストラリア)との防衛戦が予定されていたが、新型コロナウイルス検査で陽性判定を示したため8月14日に延期になった。「妻と一緒にイタリアにいる」「まだラスベガスの自宅」などの情報が錯そうしていて、9月11日へ再延期される可能性もあるという。 ロペス自身は、元3階級制覇王者のホルヘ・リナレス(帝拳)を破ってタイトルを防衛したWBC世界同級正規王者のデビン・ヘイニー(米)との統一戦を希望しているという話もあるが、ロペスとのリマッチは、来年のボクシング界のハイライトになるだろう。 ロマチェンコは司会者にロペスへのメッセージは?と聞かれ「次の試合勝ってください」という言葉を送った。 一方、中谷は、日本ボクシング史上最大級となる“番狂わせ”を起こすことはできなかった。近大時代にボクシング部が廃部となり、プロ転向後、OPBF東洋太平洋同級王座を11度も防衛しながら、なかなかチャンスが巡ってこなかった。やっと実現したロペス戦に敗れて一度は引退を決意しながらも、努力と周囲の人たちのサポートで試練を乗り越えて、このビッグマッチの舞台まで登りつめてきた。その彼が血と汗で作りあげたストーリーが、完敗で色褪せることはない。多くのボクサーに夢と希望を与えたのである。 32歳の中谷が、自らの進退にどんな決断を下すのかはわからないが、支援者の家に転がり込んでいた東京の仮住まいを出て、自分でマンションを借り独立したばかり。ロマチェンコ戦の貴重な経験がラストマッチでは惜しいようにも思える。