絶妙に「予告詐欺」だった? 名作『耳をすませば』のミスリードの記憶
いつ本編が始まるんだ……と勝手に待ち焦がれた子供の記憶
スタジオジブリが手がけた『耳をすませば』(原作:柊あおい/脚本:宮崎駿/監督:近藤喜文)は、青春アニメ映画の金字塔です。思春期の揺れ動く淡く切ない恋愛模様を繊細に描ききった本作は、1995年の公開当時から現在まで、30年弱色褪せることなく広い世代から支持され続けています。 【画像】え…っ?「どう見てもファンタジー」「雫の髪の色も違くね?」 こちらが『耳をすませば』公開時のポスターと作中の該当シーンです(3枚) 公開当時の「好きな人が、できました」というコピーに、主題歌「カントリーロード」の旋律が並走する予告CMもまた、印象的だったのではないでしょうか。 一方で筆者は最初にこの映画を観終わったときは、事前に想像していた内容とあまりにも異なっていたので、ひどく困惑した記憶があります。これは結末やストーリー展開という、細かい部分をさしてのものではありません。 作品全体の「ジャンル」ごと、想定していたものとまるで違っていたのです。そして、少なからぬ子供たちが同様の印象を抱いたようで、当時「勘違い」したことを振り返るSNSの投稿も多々あります。 それもそのはずで、劇場版ポスターや、はたまたTV放映前のCMでは「ミスリード」とも受け取れる演出が施されていたのです。改めて確認してみましょう。 たとえば劇場用ポスターはどうでしょうか。「天沢聖司」と「月島雫」が、自転車をふたり乗りしているシーンを描いたものが有名です。これだけ見れば、恋愛、青春を描いた作品であることは一目瞭然で、何ひとつノイズがありません。 一方、劇場用ポスターはもう1枚あります。それはドレス姿の雫が猫の「バロン(フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵)」とともに、塔全体が街となっているような幻想的な風景を背に空を飛んでいるポスターです。筆者が当時目にしたものはこちらであり、スタジオジブリ公式サイトの『耳をすませば』のページでも、このポスターが真っ先に目に入ります。 また、当時の予告編を見ても、この飛ぶシーンがかなりの尺を占めており、「この夏、怪しいネコが、素敵な愛を届けます。」というコピーもありました。その後「金曜ロードショー」でTV放送される際も、CMにこのシーンが使用されています。 『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』などを手がけたジブリの新作であれば、なおさら「ネコのバロンが活躍するファンタジー作品」という認識は強固なものになります。ところが実際、ふたを開けて見れば、例の空を飛ぶシーンはあくまでも雫が書いた「小説の世界」の描写で、「本編」とは切り離された世界の話でした。 『耳をすませば』が傑作であることは疑いようのない事実である一方で、「ファンタジー」を期待していた(筆者を含む)子供らは多かれ少なかれ肩透かしを食らったことでしょう。 もちろん劇中において雫の小説「バロンのくれた物語」の場面は重要な要素のひとつで、聖司と雫の間に立ちはだかる「現実」を際立たせる装置として機能します。デジタル合成を使った、ダイナミックなカメラワークも見事です。 そして何より、「ミスリード」にもなったあのシーンは、月島雫が書いた物語という設定の2002年の映画『猫の恩返し』につながりました。『耳をすませば』本編では少なかったバロンの活躍を観たい方は、『猫の恩返し』をぜひご覧下さい。
片野