ディスレクシア、保健室登校、オーバーステイ 年齢も立場も違う定時制高校の学生たちが実験で「火星を作る」奇跡の物語(レビュー)
「この国ではいつまでも、科学はエリートと優等生だけのものなのだろうか」 伊与原新氏『宙わたる教室』(文藝春秋)の中で、ある人物が口にする言葉だ。読みながらドキッとした。高校時代に地学で赤点をとって以来、科学と私の間には深くて広い溝がある。授業には面白いところもあったし、関連するニュースに興味を持つこともある。だが、「どうせ私にはわからない」という気持ちが、先に来てしまうのだ。 定時制高校を舞台に、さまざまな生徒が登場する小説である。読み書きが苦手で、自分を「不良品」と思っている二十一歳の岳人は、カッとなるとすぐに手が出てしまう性格だ。学校には真面目に登校していたが、限界を感じている。母親がオーバーステイだったため学校に行けなかったアンジェラは、夫とフィリピン料理店を営む面倒見の良い女性だ。自分と同じような子供たちの力になるために学び直したいと思っていたが、授業は難しく諦めかけている。起立性調節障害のため不登校となり定時制を選んだ佳純は、さまざまな人がいる教室にストレスを感じ、保健室登校をしている。町工場を営んでいた七十代の省造は、勉強熱心なあまり若い生徒たちとトラブルを起こしてしまう。 経歴も抱えている問題も全く違う彼らは科学部を結成し、物理準備室で「火星を作る」実験を始めることになる。彼らを誘ったのは、新任の理科教師・藤竹だ。クールに淡々と問題解決の糸口を生徒たちに示す、どこか謎めいた人物である。生徒たちは、悩んだりぶつかり合ったりしながらも、自分にできることを持ち寄り、奮闘する。それと並行して、藤竹は密かに別の「実験」をしているのだが……。 学ぶことも夢見ることも諦めかけていた生徒たちが、思いがけない奇跡を起こし、それぞれの人生にも光が射していく。エリートでも優等生でもない彼らが開けた科学の扉は、私の前にもきっとあって、開かれるのを待っているのだと素直に思えた。藤竹の「実験」がどういうものだったのかを、多くの人に読んでほしいと思う。
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