猪年と豚年 人類の豚肉への遥かなる熱い情熱の歴史
豚肉の重要性
ポークカレーに餃子、味噌カツ(普通のトンカツでもいい)、ラーメンの丼に浮かぶ分厚いチャーシュー。どうして人類はこうも強く豚肉にひかれたのだろうか? 人類が養豚を行いはじめた直接の要因(または動機)とは、はたして何だったのだろうか? 私が知る限り、ただ単に「おいしい肉」という条件以外にも、いくつか大事な要素が豚(または猪)の生物学的・生理学的な特徴の中に隠されているように思える。 まず野生の猪は哺乳類の中でも結構「大きいサイズ」である。非常に大きなものでは、体長2.8メートル、体重480キロに達する個体もいるそうだ。人類によって品種改良が行われた豚の中にはかなり大きな品種や個体も存在する。私がネットで検索したところ、アメリカ・テネシー州の「Big Bill」と名付けられた「Poland China」という品種の豚は、体重がなんと1157キロもあったそうだ。 人に飼育されている豚は、いわゆる「人為淘汰」によって、大きな体を持つ個体同士の遺伝子を掛け合わせてより大きなサイズの品種を追求することができる。逆にペットとしてよく飼われているミニブタ(Miniature Potbellied Pigなど)など非常に小さな品種も存在する。 大きければそれだけたくさんの肉が手に入る。私はチキンや魚介類に目がないが、豚の堂々とした体躯と比べるとかなり見劣りする感は否めない。豚が長年人類の胃袋を満足させ続けてきた一つの理由がここにあるはずだ。 そして豚小屋を訪れてみると一目瞭然なのだが、一頭の母親が一度にかなりたくさんの赤ん坊を産む。10~20匹弱の赤ん坊が、母豚の乳を飲んでいる姿はなんとも壮観で、かつ微笑ましくもある。これだけ繁殖力が高いと養豚という重労働もいとわないはずだ。 さらに重要なことに豚の赤ん坊は成長するのが「非常に早い」という点もあげられるだろう。豚肉として市場に出されるまでに、8か月くらいしかかからないそうだ。牛や馬はかなり時間がかかる。 近所のスーパーに寄って、豚肉の値段を他のものとあらためて比べてみていただきたい。豚肉の値段が他の動物の肉よりかなり安いのは一目瞭然だろう。おいしい肉をガツンと大量に食べたい。そんな時は、やはり豚肉に手が伸びる傾向があるのではないだろうか(我が家の三匹の犬達も肉にありつけるチャンスは豚肉が圧倒的に多いと述べている)。 豚肉の存在は人類にとって非常にありがたいのではないだろうか。養豚が1万年くらい前に試み出されて以来、人類は何千年もの長い間、試行錯誤を繰り返してきた。 そしてもう一つ人類と豚の長い付き合いのカギとなりそうな点に、「人懐っこい性質」もあげられると思う。ペットとして飼われている豚の存在は、多くの人が耳にしたことがあるのではないだろうか。そしてこの特徴は養豚がはじまった時、特に重要だったのかもしれない。 この人慣れする性格はある特定の「遺伝子の変異」(microRNAと呼ばれるもの)によって起こった可能性がある(Penso-Dolfin等2018)。この突然変異が1万年くらい前に、中東または東ヨーロッパ、そして東アジアでそれぞれ起こった可能性があったと考えるのは深読みしすぎだろうか? Luca Penso-Dolfin, Simon Moxon, Wilfried Haerty, Federica Di Palma. (2018) The evolutionary dynamics of microRNAs in domestic mammals. Scientific Reports, 8 :17050. 今年もおいしい豚肉の恩恵にあずかりながら、我々の遠い祖先の努力と英知に想いをはせつつ、お互い良い年となるよう頑張りましょう。Wishing you a happy piggy new year! 著者略歴:池尻武仁(博士)。名古屋市出身。1997年に渡米後、2010年にミシガン大学で化石研究において博士号取得。現在アラバマ大学自然史博物館研究員&地球科学学部スタッフ。古脊椎動物(特に中生代のは虫類)や古生代の植物化石にもとづくマクロ進化や太古環境の研究をおもに行う。「生物40億年:北米アラバマからのメッセージ」の記事を2016年秋より書き続けている。