猪年と豚年 人類の豚肉への遥かなる熱い情熱の歴史
野生猪の家畜化=豚の誕生
猪年と豚年の違いを探りあてるには、まず「猪と豚の違い」を知らなければならない。みなさんはこの違いをご存じだろうか? 生物学における分類上、豚と猪は両方とも同一の「Sus scrofa」という学名を持つ。両者の祖先は同一の個体群から生まれたことを意味する。厳密にいうと豚は猪の亜種「Sus scrofa domesticus」だ。豚は、人類が野生の猪を家畜化──いわゆる「養豚」──したことによって生み出された動物だ。こうした事実は多くの読者の方がすでに知っているか、または薄々と感じとられているかもしれない。 それではこの養豚は世界中の「どの地域」で、「いつ頃」初めて行われたのだろうか? 具体的な場所には諸説あり現在も活発な研究が行われているようだ。しかし大まかに中東から東ヨーロッパ一帯、そして東アジア(現在の中国)の二地域において「別々に家畜化が進められた」というアイデアが定説のようだ。 このアイデアのもとになるのは、豚と猪の遺伝情報(mDNA、ゲノムなど)と考古学的なデータ(遺跡地などで見つかる骨の形態など)だ。 例えばLarson等(2007)のmDNAデータにもとづく分子時計の計算によると、最初の豚(=野生猪の家畜化の開始)は1万1000年前で、アラビア半島付近において出現したと推定されている。そしてかなりの短期間で、家畜化された猪(=豚の祖先)は人類によってヨーロッパ一帯に広められた、という仮説をたてている。豚肉の美味しさは古今東西を問わず共通のものなのだろう。 Greger Larson, Umberto Albarella, Keith Dobney et al. (2007) Ancient DNA, pig domestication, and the spread of the Neolithic into Europe. Proceedings of the National Academy of Sciences 104 (39): 15276-15281. 地中海東部に浮かぶキプロスから、少なくとも「1万1400年前」と推定される豚の記録も報告されている(Vigne等2009)。キプロスは島国でアラビア半島から地理的に非常に近い。 Vigne, JD; Zazzo, A; Saliege, JF; Poplin, F; Guilaine, J; Simmons, A (2009). “Pre-Neolithic wild boar management and introduction to Cyprus more than 11,400 years ago“. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 106 (38): 16135-16138. 東アジア(中国南東部)でも「約8000年前」に野生猪の家畜化が行われていたとするデータが報告されている(Giuffra等2000)。このアジア最古の豚の記録は、遺伝子的にヨーロッパや中東の個体群よりアジアに生息する猪に近いそうだ。そのため養豚が少なくとも中東(及び東ヨーロッパ)、そしてアジアの二地域において「独自に行われはじめた」とする説が今のところ有力だ。 Giuffra, E; Kijas, JM; Amarger, V; Carlborg, O; Jeon, JT; Andersson, L (2000). “The origin of the domestic pig: independent domestication and subsequent introgression“. Genetics 154(4): 1785-1791. 養豚の起源はおおまかに1万年前頃だが、これは新石器時代のはじまりにあたる。長い氷河期が終わりを迎え、地球はだんだんと暖かくなりだしていた。弓矢を含むより精巧な打製・磨製石器が初めて登場したのもこの頃の特徴だ。最古の古代文明がはじまる少し前にあたる。初期の農耕(またはそのような生活スタイル)が行われはじめたのとほぼ同時期に、人類ははじめて養豚という革新的な一大事業にも着手したことになる(注:最初期の農耕はアラビア半島のレバント地域に出現したナトゥーフ文化において行われたと考えられている)。 養豚がこの二地域で行われはじめた時代は、日本における縄文時代(約1万5000年~2300年前)の中頃にあたる。しかし非常に興味深いことに、古代の日本人は野生の猪を食料源として飼育することに、ほとんど関心を抱かなかったようだ。縄文時代(そしてそのすぐ後の弥生時代)の遺跡地などから見つかる骨は、どれも野生の猪のものばかりだという。 豚の個体が養豚技術とともに大陸から日本に伝わってきたのは、4世紀頃だったと考えられている。養豚が中国で開始されてから数千年がたっていた。これだけの歴史があることを踏まえれば、チャーシュー(焼き豚)や餃子といった非常に斬新で美味な豚肉の料理が、大陸で誕生し、そして発展していったのもうなずける。 それにしても、どうして日本人は養豚をもっと以前から行わなかったのだろうか? ここに一つの良く知られている定説(仮説)がある。森林に囲まれた当時の日本列島には、非常にたくさんのイノシシの群れが生息していた。そのため、せっせと汗水をながして養豚に労力を注ぎ込む必要などなかった可能性が高いというものだ。腹が減った時は、森の中へイノシシ狩りに出向き、比較的容易に獲物にありつけたのだろう。 (注:古代の日本における猪の存在や豚伝来の歴史などは「日本医事新報社の“ブタとイノシシの遺伝子の違いは?“」と「AllAbout暮らし“2019年(平成31年)干支は亥!いのしし年や猪の豆知識“」の記事を参照した) 歴史上、養豚という技術が中国などにおいて実にたくさんの人々の胃袋を長年にわたり満たし続けてきた事実は、火を見るより明らかだろう。ちなみに2014年の世界各国の養豚頭数を見てみると、中国は2位アメリカの7倍近い数を誇る(2014年時でなんと約4億7410万頭だった)。 こうした背景から考えると、中国などにおいて、干支の中に「豚」が使われているのも十分うなずける。 一方、非常にたくさんの猪が森の中にいたと推測される古代の日本において、豚の存在は「見慣れぬ風変わりなイノシシ」として人々の目に映ったのではないだろうか。必然的に亥年は猪の年として認識されたのだろう。