◆バレーボール女子元日本代表・迫田さおりさんコラム「心の旅」

迫田さおりさん

　好きな言葉は「心（こころ）」だという。バレーボール女子元日本代表のアタッカー、迫田さおりさんは華麗なバックアタックを武器に2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得に貢献した。現役引退後は解説者などで活躍の場を広げる一方、コロナ禍が続く中、スポーツの魅力を発信しようと自身の思いをつづっている。 ■南平孝清さんとピース姿の迫田さおりさん【写真】 ■荷物の積み込みは新人の役目 　東レアローズ（現東レアローズ滋賀）での現役時代は、数多くの方にお世話になりました。その一人がチームバスの運転手を務める南平（なんぺい）孝清さんです。送迎車両の運行業務を請け負う会社に勤める方で、2000年に大阪のユニチカから滋賀の東レにチームが移管されたのを機に専属運転手になりました。 　遠方の試合会場だと、選手たちは飛行機や新幹線で移動します。遠征先のホテルから会場までは、南平さんが運転するチームバスを利用します。当時荷物をバスに積み込むのは、新人の役目でした。荷物と一緒に南平さんは選手よりも先にバスで現地へ向かい、試合後は再び荷物を積んだバスで滋賀へ一人で戻ります。 　入団当初の私は、練習についていくのもままならない毎日を過ごしていました。それでも荷物の積み込みや出し入れは新人がやらなければなりません。ユニホームを着て試合に出るなど夢のまた夢でした。「何で私たちが…」「こんな寒い日に…」―。あの頃はそんな感情がなかったわけではありません。踏ん張れたのは南平さんの存在でした。 　バスの横で荷物を待っているときに、決まって「頑張るんだよ」とか「これも先につながるんだからね」などと声をかけてくれました。荷物の出し入れを手伝うことはありませんでした。東レの組織的な考えをきちんと理解していたからです。その証拠に、必ず近くで見守ってくれました。 ■うれしかった〝ひと言〟 　リーグは基本的に土日が試合で、月曜日がオフ。南平さんがバスを夜通し運転して、月曜の朝には滋賀の体育館に到着していました。バスの荷物を降ろす「仕事」が早く終われば、新人は自由時間が増えます。南平さんは私たちがオフを少しでも有効に使えるように気を配っていたのです。 　バスの荷物は基本的にトランクの前方から高く積みます。手前は飲料水の容器など練習ですぐに使う物です。それこそパズルみたいに荷物をはめていきました。「きれいに積めたね！」。南平さんや先輩からのひと言がどれほどうれしかったことか。物を使いやすいように準備することは相手を思いやること、そしてプレーにもつながります。 　南平さんは東レの運転手になった際に、チームから「同志として一緒に歩んでほしい」と言われたそうです。ボール拾いもしてもらいました。「あのサーブが良かったね」とか「あのつなぎがあったからこそだね」など、細かい部分にも目を配ってくれました。紛れもなく「同志」です。 ■紛れもない「同志」 　還暦を超えた今も元気にチームバスのハンドルを握っています。東レの歴代の新人選手を最も知る方と言っても過言ではありません。一番下で悩んでいる姿を知っているからこそ、コートで輝く選手を他の人とは違った想（おも）いで見てくれているのでしょう。 　試合に出ていない頃の私にも一人の「選手」として接してくれたことを思い出します。もう20年近く前のことでも、記憶の隅に追いやることなく、いつまでも心の真ん中に置いておきたい。私の原風景です。（バレーボール女子元日本代表、スポーツビズ所属） ◇迫田さおり（さこだ・さおり） 　1987年12月18日生まれ。鹿児島市出身。小学3年でバレーボールを始め、鹿児島西高（現明桜館高）から2006年に東レアローズ（現東レアローズ滋賀）入団。10年日本代表入り。跳躍力を生かしたバックアタックを武器に12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪出場。ロンドン五輪では銅メダルを獲得。17年現役引退。身長176センチ。 【#OTTOバレー情報】