「末端価格は下落」「国内製造も始まっている」摘発事案が後を絶たない覚醒剤“令和の最新事情”に迫る
〈令和に入っても、覚醒剤を巡る事件が後を絶たない。3月下旬には福岡空港で、同空港では過去最多となる約10キロ(約6億8000万円相当)の覚醒剤を密輸したとして、外国籍の女性が逮捕された。ノンフィクション作家・尾島正洋が、3月に行われた「ある裁判」を切り口に、令和の覚醒剤最新事情に切り込む〉 【閲覧注意】ヤバすぎる…薬の過剰摂取でけいれんを起こす「トー横キッズの少女」現場写真 覚醒剤を使用するたびに繰り返し逮捕され、合計で40年以上を刑務所で服役してきた64歳の塗装工の男に対して、東京地裁は3月5日、覚醒剤取締法違反(使用)の罪で懲役3年の実刑判決を言い渡した。男は前回、同罪で懲役3年6月の判決で服役して昨年4月に出所していたが、同年11月に警察官の職務質問で発覚し逮捕され今回の判決となった。法廷で傍聴していた被告の知人の男性は、「塀の外で正月を続けて迎えたことはないのでは」と話すほど服役を繰り返している。 「被告人を懲役3年に処する」 東京地裁の石川貴司裁判官は男に判決を言い渡した。男は黒いポロシャツにグレーの上着、ジーンズ姿。背筋を伸ばして裁判官の声に耳を傾けた。検察側の求刑は懲役4年、前回は懲役3年6月だったため、今回の判決に安堵した様子だった。 東京地裁で2月に開かれた初公判の際に、検察側は冒頭陳述で男のこれまでの覚醒剤使用歴を明かした。覚醒剤の使用を始めたのは18歳前後。暴力団に一時期、籍を置いていたこともあり、これまで前科は13犯。このうち10犯が覚醒剤などの薬物事件だった。 覚醒剤に手を出してしまう理由について、男は長年にわたり悩まされてきた腰痛が原因と述べた。被告人質問で、「あまりに痛みがひどいので、覚醒剤を使ってしまった」と打ち明けた。病院にも通ったが、効果はなく次第に足が遠のいた。 法廷で弁護士が過去の服役について、「前刑を合わせると42年10カ月になる。人生の3分の2を刑務所で過ごしている。刑務所の方が楽なのか」と問いかけた。男は「楽ではない」と回答し、「ちょっと長いと思った。そういう期間があれば、エネルギーを別のところに使っていれば」とも述べた。 被告人質問の最後で、「もうこの年になり、人生が残り少なくなった。薬なんかをやっている場合ではないと思った」「刑務所で死にたくない」と締めくくった。だが、石川裁判官は、判決理由で、腰痛は言い訳だとばかりに、男の主張を一蹴。「同種事犯で多数の服役前科を有し、出所後8カ月に満たない期間のうちに本件犯行に及んでいる。覚醒剤に対する常習性、依存性が認められる」と非難した。 覚醒剤は常習性があることが知られている。ただ、塗装工の男のように64年間の人生のうち42年10ヵ月もの長期間、繰り返し逮捕されて服役しているケースについて、刑事事件を数多く担当してきたベテラン弁護士も「(覚醒剤は)常習性があるために、何度も逮捕されることは確かにある。だが、これほどの服役期間は聞いたことがない」と話す。 覚醒剤の事件は、再犯率が高いのが特徴だ。全国で年間1万人前後が使用や所持容疑で摘発されているが、再犯率は6割を超えている。芸能界では、元タレントの田代まさしが繰り返し逮捕されるたびに報道されてきた。最近では、アイドルグループ「KAT-TUN」の元メンバー、田中聖も薬物事件で複数回、逮捕されている。 警察当局の捜査幹部は、「覚醒剤はほぼ全量が海外から密輸されている。さらに、長年にわたり暴力団の資金源であることは間違いない」と指摘する。近年の暴力団業界は、‘11年までに全国で整備された暴力団排除条例によってシノギと呼ばれる資金獲得活動が厳しく制限され経済的に苦境に立たされているため、再び覚醒剤を資金源にしていることが全国の警察の押収量から推測できる。 ‘10~’15年は全国の年間の押収量は300~800キロで推移していたが、‘16年には1500キロと急増。以後、毎年のように1000キロを超えている。なかでも、’19年6月に静岡県の下田沖の船から1000キロが押収された。この年の押収量は2293キロと警察庁の統計上、過去最多を記録している。 販売価格にも変化が起きている。‘09年ごろには覚醒剤1グラムが約9万円だったのが、現在は6万円にまで下落している。その理由について、警察当局の幹部は、「暴力団が資金源にするため供給過多になっていることが伺える。需要を大きく上回るために価格が下落している。低価格で手に入るために蔓延が危惧される」と強調する。 国内で供給が過多になっていることが懸念される一例となる事件が今年2月、神奈川県警によって摘発された。茨城県筑西市の建設作業員の男(40)らが国内で覚醒剤を製造していたとして、覚醒剤取締法違反(営利目的製造)の疑いで逮捕されたのだった。 調べによると、男らは‘23年8月以降、同市内の廃棄物などを保管する「ヤード」と呼ばれる施設内を隠れ蓑に、覚醒剤約1・7キロ(末端価格約1億円)を製造したとしている。覚醒剤の原料を溶け込ませた液体など約120キロをメープルシロップの瓶に入れてカナダから横浜港へ密輸していたという。 これまですべての覚醒剤が密輸されていたとみられていたが、覚醒剤成分を含有する液体を国内に持ち込み、さまざまな方法で「国内製造」が密かに行われている実態が明らかになった。関係者によると、「製造の腕が良ければ、良い品となるし、そうでなければ粗悪品もあるようだ」と指摘している。 40年以上にわたって服役してきた塗装工の男が今回、再び刑務所で過ごし満期に達すれば、刑務所を出所するのは‘27年になる。人生の3分の2を刑務所で過ごす男もいるほど、覚醒剤には常習性があるのが実態だ。(文中敬称略) 取材・文:尾島正洋 ノンフィクション作家。産経新聞社で警察庁記者クラブ、警視庁キャップ、神奈川県警キャップ、司法記者クラブ、国税庁記者クラブなどを担当しフリーに。近著に『俺たちはどう生きるか 現代ヤクザのカネ、女、辞め時』(講談社+α新書)。
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