「だまされたふり」作戦から「拠点急襲」へと作戦を変えた警視庁の狙いと成果
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! 「今日できる人はいますか?」手軽なアルバイト感覚で蔓延。凶悪化する「特殊詐欺」 前編記事<「今日できる人はいますか?」手軽なアルバイト感覚で蔓延。凶悪化する「特殊詐欺」に捜査1課は> ----------
「だまされたふり」作戦
2002年ごろ「おれおれ詐欺」として本格出現した特殊詐欺。警察庁はその後、「架空請求」「融資保証金」に「還付金」を加えた4類型を「振り込め詐欺」と名付け、口座凍結や犯罪ツールへの法規制、捜査体制の強化で封じ込めに乗り出す。2005~2008年は毎年250億円超で推移した被害額は、09年に約96億円に減少した。警察庁はこの間の07年4月から、知能犯情報管理システムの構築を開始する。全国の警察が取り扱った特殊詐欺の容疑者の手口、顔写真、事件の特徴などを登録し、都道府県警が広く情報を共有するのが狙いだ。 ATM対策によって被害金の入手法が「振り込み型」から「現金受け取り型」に移ったことを受け、神奈川県警は2009年1月、当時の捜査2課長の「現金を受け取りにくるならおびき出して捕まえればいい」との発案で、「だまされたふり」作戦を開始する。作戦名を考え出したのも当時の捜査2課長だ。 詐欺電話を信じたように装って相手をおびき出す「だまされたふり」作戦は当初、警察職員OBや警察職員の家族、防犯ボランティア団体など関係者に限定して協力を求め、始まった。第1号となったのは1月22日の摘発。元警察官宅に息子を名乗って「実は借金がある」と電話してきた30代の男を指定した現金受渡場所で捜査員が取り押さえた。 同県警捜査2課の元幹部は「それまでの特殊詐欺捜査はアジトを見つけたり、闇通帳や闇携帯からたどったりするのが主流だったが、だまされたふり作戦後は出し子や受け子を捕まえる手法が多くなった」と語る。神奈川県警のだまされたふり作戦はその後、全国警察に広がることになる。 警察庁の元特殊詐欺対策室長も「この頃から受け子の逮捕が増えた」と説明する。当初から特殊詐欺を所管していた全国の捜査2課は、末端の受け子を逮捕し、そこから組織トップの首魁を目指す地道な「突き上げ捜査」を踏襲していた。 突き上げ捜査は最初に被害者から現金を受け取る受け子を捕まえるのが原理原則だ。特殊詐欺グループは電話帳を使うケースでは、特定の地域に集中的にだましの電話をかけるため、被害者がだまされたらすぐに現金などを受け取れるように、あらかじめその地域に受け子を配置している。突き上げ捜査では、その配置された受け子が最初のターゲットになる。 特定の地域にだましの電話が殺到し、電話を受けた住民の中には不審に感じて110番通報することがある。複数の通報があれば、特殊詐欺グループがその地域を狙っている可能性が高く、警察本部の通信指令はその地域を管轄する警察署や機動捜査隊、自動車警ら隊に連絡。現場に警察官を大量動員し、ぶかぶかのスーツを着たり、スーツ姿で運動靴だったりするなど容姿が不自然な人物がいたら職務質問して所持品検査し、他人名義のキャッシュカードや多額の現金などを持っていないか調べて摘発の端緒にするという。 2009年には被害も大幅に減少した特殊詐欺だが、10年から手口が8類型に増え、被害も再び増加する。同庁は11年、初めて全体に対し特殊詐欺という名称を使用。14年には被害がピークの566億円を記録した。受け子を逮捕しても互いの顔さえ知らないためトカゲのしっぽ切りとなり組織の頭は存続する。突き上げ捜査は難航した。