【大人の熱海旅行】美学の宿る一棟貸しのヴィラへステイ
豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す本連載で今回旅したのは熱海。相模湾を望む起伏に富んだ独特の景勝に惹かれ、多くの文人墨客が別荘を構えた場所だ。何気なく過ぎゆく日々の暮らしに豊かなエッセンスをもたらす一棟貸しのヴィラを訪ねた 【大人の熱海旅行】絶景の宿へ宿泊(写真)
《STAY》「桃乃八庵(とうのやあん)」 古今東西のアート空間で暮れゆく至福の時
真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ──とは、フランスの作家マルセル・プルーストの言葉である。ご紹介の「桃乃八庵」は、後世に受け継ぐべき日本の建築を、まさに“新たな目”で見極めデザインを施した、これまでにない一棟貸しのヴィラといえる。古民家をリノベーションした宿は数多あれども、歴史を重ねた数寄屋建築の片鱗をきちんと残しながら、圧倒的なアート空間へと変容させた稀有な空間と呼べる。 手がけたのは、ロンドンで17年間に渡り活躍してきた、世界的なインテリア・デザイナーの澤山乃莉子さんだ。伝統建築と古今東西のアートが交差する、格別なヴィラを「キュレーションホテル」と銘打ち、ここ「桃乃八庵」に熱海で2軒、河口湖に1軒を加え、現在は計4軒のラインナップが揃う。
キュレーションホテルの第1号となる「桃乃八庵」が誕生したのは2018年。当時築85年だった、かつて旅館として息づいていた数寄屋造りの伝統建築に心惹かれ、解体寸前のところを掬い上げた。ロンドンでも歴史的な建造物にモダンな命を宿すデザインを多く手がけていたため、まずは建物の特性を見極め、“修繕”と“改修”を絶妙に構築。今では再現が不可能な匠の技を丁寧に磨き上げ、国境を超えたアートピースや家具や照明を、コンセプチュアルに配置。用の美が息づく日本文化を再発見する場へと変容させた。
さらに、夕食には事前予約にて熱海のシェフに出張サービスをお願いすることもできる。地元の海鮮を中心に用いたフルコースの懐石のフィナーレを飾るのは、目の前で握られる握り寿司だ。器の準備から片付けに至るまで全てを手がけてくれるため、完全にプライベートな空間で心ゆくまで美食に酔いしれることが叶う。おりしも取材に訪れた際は台風が迫る夜だったが、古き良き懐かしさと革新の溶け合う時空を旅した心は、不思議と穏やかに満たされていた。 そういえば、冒頭のプルーストの『失われた時を求めて』では、紅茶に浸った一片のプチット・マドレーヌの味が不意に蘇った幼少期の記憶を引き出し、壮大なストーリーへと発展する。「桃乃八庵」で味わった滋味豊かな創作料理は、この先の未来にどんな物語を綴るのだろう。そう思わずにはいられない一夜となった。 「桃乃八庵(とうのやあん)」 住所:静岡県熱海市春日町(住所の詳細は予約後に連絡) 電話:0557-86-5005 BY TAKAKO KABASAWA 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。